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謎の男との戦い
一方、イアンは胡乱な男の襲撃を受けていた。
戦いはイアンの防戦一方で、苦戦を強いたげられている。
「ぐっ!」
胡乱の男の攻撃により、後方に飛ばされたイアンは、背中を本棚に強打し呻き声を上げた。そして、ズルズルと崩れるように座り込む。
イアンの周りには、衝撃で落ちた本が散乱している。
彼の左脇腹の辺りは、刃物で斬られたように服が裂け、流血している。ドクドクと出続ける血に傷の深さが窺える。
その上、背中の傷も強打したことで再出血し、痛みも酷い。
それでも、何とか立とうとするが、相当なダメージを受けたせいで、身動きが出来ない。
(早く立たねぇと…。っ!…くそ、体が動かせねぇ…)
焦るイアンに、胡乱な男はゆっくりとした足取りで近づいていく。
胡乱な男が近づくにつれ、風貌が明らかになる。彼は、肩ぐらいの長さの黒髪をハーフアップにし、三白眼で、と黒の奇抜な模様の服といった、見るからに怪しい格好をしていた。
「おいおい、そんなもんか。本気出せよ」
「っ、黙れ…!」
嘲けるように言う胡乱な男に、イアンは喘ぎながら言い返すと、本棚を支えにし、奥歯を噛みしめながら根性でどうにか立ちあがる。
その間にもイアンの正面に歩み寄り、彼目の前で足を止めた。その顔には気持ち悪い薄ら笑いを浮かべている。
イアンは、目の前の胡乱な男で睨みながら問い質す。
「っ……テメェ…、何者だ。目的は、なんだ!」
「ほぉ…まだ立つのか。」
「…っ答えろ」
「だが、随分辛そうだな?」
「答えろって…言ってんだろ!」
「あ?」
しかし、胡乱な男は、はぐらかすばかりで答えようとしない。イアンは業を煮やし怒声をあげた。
それが癪に触ったのか、ユーティリティアは彼の左脇腹の負傷箇所を拳で殴った。それも強めにだ。
「ッッ!!」
あまりの激痛に、イアンは声にならない悲鳴を上げ、右手で腹回りを抱くように押さえながら身悶える。そして、倒れないように踏ん張りながら痛みを逃がすようにフーフーと息を吐く。
彼の左脇腹から鮮血が滴り落ちている。
胡乱な男は、そんなイアンを冷嘲すると心底面倒そうに質問に答えた。
「名前だったか?ユーティリア・ノワール。俺は俺だ。何者でもねぇ。目的、だったな……魔法書だ。俺はずっと、あの魔法書を探してた。」
「魔法書…だと?……まさか!」
イアンは、ユーティリアと名乗った男の言葉に、一つの憶測が浮かびハッとする。
「そうだ、さっきお前らが話してた魔法書の事だ。あの魔法書にはな、特別な力がある。その力があれば俺の野望は達成できる。」
「…特別な力、だと?」
「あぁ…。どんな魔法をも消し去る力だ。」
「!」
ユーティリアの言葉は、イアンにとって信じ難いものだった。信じられないとばかりに、彼は瞠目する。
それもそうだろう、魔法士として城にいても聞いたこともないのだから。
あの魔法書には本当にそんな力があるのか。セリスは知っているのか。とイアンの頭に次々と疑点が沸き上がる。
だが、イアンのそんな思考を吹き飛ばすようにユーティリアは告げる。
「俺は、あの魔法書を手に入れる。その為に、お前らには消えて貰う。」
ユーティリアは、そういうとイアンに魔道具を向ける。魔道具の先端から中玉程度の火球が放たれた。それはイアンに一直線に飛んでいく。
イアンは急いで横に転がり火球を避ける。転がった時に、傷に響き痛んだが気にしている余裕はない。
痛む脇腹を手で押さえながら立ち上がりユーティリアを見据える。
(お前"ら"ってことは、俺の次はセリスの方に行く気か…そんなことさせるか…!)
イアンの心に強い闘志が宿った。
彼は凄まじい威圧感を発し、剣呑な目付きで睨み、地を這うような低い声で告げる。
「その手でアイツに指一本でも触れてみろ。跡形も残らないぐらい消し炭にするぞ…」
(急に雰囲気が変わったな…。……そう言い事か)
突然イアンの纏う雰囲気が変わり、ユーティリアは不思議に思う。だが、直ぐに察した。
「そんなに、あの女が大事か…」
「あぁ……。」
イアンは即答で返事をすると、強く手を振る。すると、サッカーボール程の青い雷の球体・天雷球を無数に出現させ、
「(アイツだけは何に代えても守る)
俺は、負けるワケにはいかねぇんだよ!」
ユーティリアめがけて一斉に放った。
放たれた天雷球は、凄い勢いでユーティリアに向かっていく。
しかし、天雷球は躱された事により本棚に直撃した。衝撃で本棚はガラガラと音を立てて崩れる。
(チッ。躱されたか。)
「ほぉ…。まだ、そんな魔力があったのか。魔法使わないから、もうねぇのかと思ってたぜ。」
「ここは図書館だからな、抑えてただけだ。一応宮廷魔法士だからな。」
「そりゃ、真面目なこった!」
「馬鹿にしやがって。」
イアンの顔に青筋が浮かぶ。
ユーティリアは、そんなイアンに構わず再び魔道具から火球を放つ。
先程のように直線的な物ではなく、今度のは円を描きながら進むタイプだ。故に、軌道が読みづらい。
けれども、イアンはなんとか間一髪避ける。
「くっ!」
体勢を立て直し、掌から高速の雷撃波をユーティリアに放つ。
だが、|惜しくも当たらず不発に終わり、
イアンは歯がゆさに舌打ちをする。
(…クソっ!どうなってんだ!当たらねぇ!)
「あぁ、言い忘れてたな。俺の魔法は空間歪曲だ。空間を歪ませて、攻撃を反らすことが出来る。」
(ちっ…厄介だな。どうする…)
イアンは、頭の中で分析しながら打開策を考える。
(天雷球連弾も、雷撃波もダメか…。風魔法は室内じゃ使えない。だったら…直にぶちこんでやる…)
策が決まると、イアンは身に風を纏わせ、ユーティリアとの間合いを一気に詰める。
次いで、左手で魔道具を弾き飛ばし、
「これで火球は飛ばせねぇだろ!」
右手に雷を帯電し、ユーティリアの体に放出し感電させる。
「オラァァ!」
最後に、痺れで動けないユーティリアを勢い良く蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたユーティリアは吹き飛び、本棚に激突した。
その頃、セリスは衝撃音のした方向へと走っていた。
しかし、なかなか見つからず焦燥に駆られるばかりだ。
「ハァ…ハッ、イアンどこにいるの!」
そんな時、イアンの球電の光が目に入った。
(あれは、イアンの稲光!?向こうから!もしかして、戦闘中!?だったら急がないと!)
セリスは、天雷球の光に向かって走るスピードを上げた。
◆
所戻って、イアンが肩で息をしながら、倒れているユーティリアを見やる。
すると、頭を軽く振りながら立っているユーティリアの姿があった。
(チッ。ピンピンしてやがる。こちとらもう体力も魔力も限界だってのに。)
「なかなかやるな、お前…。今のは効いた。」
息を切らし色々と限界なイアンとは対照的に、ユーティリアは余裕そうだ。
イアンは、そんなユーティリアを忌々しげに睨み、皮肉げに吐き捨てる。
「はっ……。本当かよ。そうは見えねぇな。」
「いや?それなりに効いたぜ」
(さっきの攻撃で大分魔力使っちまったし、残りの魔力でどこまでやれるか……)
イアンが考えを巡らせている間に、ユーティリアは魔道具を探し拾おうとする。
それに気がついたイアンは、局部的な突風を起こし魔道具を更に遠くへ飛ばした。 すると、ユーティリアが僅かに目を見開き驚愕の色を見せる。
「お前、属性二つ持ちか。」
「……あぁ。そうだが。だったらどうした」
「なに、二属性持ちが居るとは聞いてはいたが、見るのは始めてだったんでな。」
通常、二つの属性を使うにはそれなりの魔力量が必要になる。その為、出来る者は数少なく、宮廷魔法士内でも、使えるのは彼と、もう一人の魔法士だけである。
それ故に、イアンの魔力量と二属性を使いこなす技術が、凄腕であり優秀と言われる所以である。
これは、彼が天才だからではなく、努力の賜物の結果だ。
「そうかよ(やるなら今しかねぇ。奴が魔道具を持っていない今のうちに決める)」
しかし、イアンにとっては周りから何と言われようと、どうでもよかった。
興味なさげに返すと、先程と同じように片手を帯電させながら、再びユーティリアの懐に入り込む。
「同じ手が効くかよ!」
だが、ユーティリアに膝蹴りを食らい、その衝撃で噎せてしまう。
「ガハッ!……っ、食らえ!」
それでも、構わず彼の体に一発目よりも強い電流を流した。
「うがぁぁ!」
「この距離なら、歪ませられないだろ!吹き飛べ!」
強力出力の電流を食らったユーティリアは絶叫した。
そこへ、すかさず渾身の一撃である巨大な天雷球を、ゼロ距離で放った。
ユーティリアは叫ぶ間もなく吹き飛び、壁に激突すると、気絶して動かなくなった。
「ハァ‥…ハァ‥…(やったか…?)」
イアンは、ユーティリアが動かないのを確認した。すると、ユーティリアは、棚に凭れかかった状態で口から煙を出し、服は焼け焦げていた。
その光景に、ホッと息を吐いた瞬間、いつの間にか忘れていた背中と左脇腹の痛みがイアンを襲った。
彼左脇腹を右手で押さえ、その場に膝をつく。
「くっ!」
(アイツを拘束しねぇと…)
ユーティリアを拘束するために、満身創痍で悲鳴を上げている体に鞭を打ち、ふらつきながら歩き出す。
顔を顰め、喘ぎ喘ぎ歩みを進めユーティリアに近づくイアン。
そこへ、誰かが走ってくる足音が聞こえ、イアンは、警戒を強める。
(誰だ…。こんな時に)
「ハァ…いた!イアン!って怪我してるの!?」
足音の正体は、イアンを探して走っていたセリスだったようだ。
イアンは、彼女がまだ動けている事に少しばかり安堵した。
セリスはイアンの脇腹の傷に気がつくと、顔を青くして駆け寄った。
「……セリスか。このくらい平気だ」
「こんなに血が出てるのに、そんなわけない…!早く手当てを!」
「待て、それよりアイツを拘束するのが、先だ…。」
「そんな身体じゃ出来ないでしょ!私がやるよ」
「……」
急いで応急処置をしようとする彼女を、
イアンは制すると、再び覚束ない足で歩き出そうとする。
しかし、セリスがそんな彼の服を掴み止めると申し出た。
セリスの申し出に、イアンは悶々と悩む。
今、ユーティリアの目が覚めて動かれたら、自分もセリスも危ない。
目が覚めない内に済ませるには、今の状態の自分がやるより、セリスがやった方が早いのは確かだ。
だが、セリスをユーティリアに近づけさせたくない。
悩んだ末にイアンは、セリスに手伝ってもらう事にした。
それは、近づけさせたくないイアンの妥協案だった。手負いだが、自分が側にいれば、少しはマシだと思ったのだ。
「…分かった…。じゃあ手伝ってくれるか?」
「了解!じゃあ、あれやるね。」
「あぁ、頼んだ。」
「《光拘束》」
セリスは頷くと、イアンを支えながら、ある程度ユーティリアの近くにいく。そして、ユーティリアに掌を向けて魔法の拘束技を発動した。
すると、光の輪がユーティリアを囲むように現れ彼を締め付けた。
光の輪は、魔法が発動している間ユーティリアを拘束する。
「イアン!出来たよ!」
「あぁ……助かった。じゃあ、あとは俺が縛る」
イアンは腰につけているポーチから拘束用魔道具を取り出し起動させる。そして、魔道具から延びたロープで、ユーティリアを縛り上げる。
「もう魔法解除して良いぞ。」
「分かった」
セリスが魔法解除をすると光の輪も消えた。それを見届けると、イアンは壁にもたれ掛かるように座り、大きく息を吐いた。
(もう流石に一歩も動けねぇ。)
「大丈夫!?早く止血しなきゃ!」
セリスは慌てて駆け寄ると、今度こそ応急処置を始める。
イアンの服の裾を左手で捲り、右手で持っていた止血剤ガーゼを彼の左脇腹に圧迫するようにグッと押し付けた。
その瞬間、傷口に鋭い痛みが走り、イアンは「んっ」と息を詰まらせる。
「ごめんね、でもこうしなきゃ血が止まらないから我慢して…。」
「解ってるから、気にするな」
セリスは申し訳なさそうに謝りながら、止血剤ガーゼを傷口に当て続ける。
その間、イアンは痛みに耐えるように口を引き結び、目を固く閉じ隠忍していた。
「…よし、血は止まったかな。」
「ハァ…例の魔法書はあったのか?」
「うん。さっきの場所にあったよ。」
止血が終わると、今度は服の上から包帯を巻きながら、イアンの問いに答える。
「はい、終わったよ…。魔法書は、ほら。これ。」
巻き終わると、見つけた魔法書をイアンに見せた。
イアンは、その魔法書を物珍しそうに見やる。
「…それが、そうなのか…」
「うん。そうみたい。」
「で、どうすれば良いんだ?」
「えーとね、ちょっと待ってね…」
セリスはパラパラと魔法書を流し読みし、該当するページを見つける。
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