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木の声
器の形がおおよそできあがると、道具を持ち代えて、さらに細かく形を整えていく。木くずが作業台の上に積もり、木はみるみるとお椀になっていく。
最後に、俺は丁寧にやすりをかけて、表面の指触りを確かめ、そのなめらかさに満足して、完成した器を台の上に置いた。
少女は、飽きもせずに、その工程をずっと眺めていたが、俺が道具を片付けはじめると、ほうっと息をついた。
まるで、今まで呼吸をするのも忘れていたように。
「おじさん、すごいね。魔法使いみたい」
少女がきらきらとした目で、器と俺の顔を交互に見た。
俺は苦笑して、肩をすくめた。
「俺は、魔法は使えない」
「じゃあ、錬金術師?」
「そんなすごいもんじゃないさ」
もし俺にそんな特別な力があれば、しがない木工職人なんぞ、やっていないだろう。
あんまり少女が興味津々なものだから、俺はひとつ、秘密を教えた。
「ただ、木の声をよく聞いているだけだ」
「木の声? 木がしゃべるの?」
少女はきょとんとして首をかしげた。
「ああ。とても小さな声だがな」
少女はしばらく黙って、耳を澄ませるような仕草をした。
「声なんて、しないよ」
「もっとよく聞いてみな」
そうは言ったものの、普通の人には聞こえないことを、俺はわかっていた。
木工職人になって初めて知ったことだが、どんな人でも、物でも、固有の魂を持っている。
自分と相手のエネルギーの親和性が高いと、無意識のうちに、心を惹かれたり、好ましく思ったりするのだ。
それ自体は普通のことなのだが、ごくまれに、その親和性が突出して高い場合があって、相手のエネルギーそのものを見たり、聞いたり、触れたりできる能力を持つ人もいた。
そうした人間は、なんらかの特殊技能の職につくことが多い――そして、俺もまた、そのひとりだった。
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