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少女を助けてから数日後。
天気がいいので、俺は工房の扉と窓を全開にして、作業をしていた。
吹き込む早春の風はまだひんやりするが、刺すような冬の冷たさはない。
俺は、注文が入っていた木の器を作ろうと、ノミを握って木を削っていた。
木の棚や椅子といった家具に、皿や器といった食器類、子どもの玩具など、木から形あるものをつくり出すのが、俺の仕事だ。
弟子もおらず、ひとりでやっている小さな工房だが、ありがたいことに、気に入ってくれる客がいて、それなりに暮らしは立てられていた。
「おじさん」
呼びかける声に、手を止めて目をあげると、先日、空から落ちてきた少女が、工房の入り口からおかっぱ頭をのぞかせていた。
「何してるの?」
少女は好奇心たっぷりの顔で、工房の中をきょろきょろと見回している。
「見ての通り、木を削っている」
「入っていい?」
好きにしな、とうなずくと、少女は恐る恐る、工房の中に入ってきた。
昨日は気づかなかったが、その小さな足は靴を履いておらず、裸足だった。
きっと、家が貧しいのだろう。
少女は側までやってくると、遠慮がちに俺の手元をのぞき込んだ。
「何を作ってるの?」
「小さなお椀だよ」
「これは何の木?」
「カリンだ」
「どうやって作るの?」
少女は矢継ぎばやに質問を投げかけてくる。
「まあ、黙って見てな」
俺はそう言って、ノミと木槌を握り直した。
木を扱うとき、俺はその声に耳を澄ませる。木の声を聞いては、迷いなくノミをあて、手を止めて呼吸を感じ、木の持つ力が、器の中心でまるくなるように、形をつくっていく。
そうすると、できあがった器が命を吹き込まれ、温もりのあるものになるのだ。木のエネルギーを邪魔しないから、割れたり反れたりもしにくい。
俺はそれを、「木の魂をまとめる」作業と呼んでいた。
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