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職人の巣穴、商人の町、成功者の国。いろいろ言われているがここは金のまわりが異様に早い。経済が目まぐるしく変動する国だ。男がここに住むようになって一年近く経つ。顔なじみも増えて少しずつ自分が作った物を買ってもらえるようになってきた。貧乏すぎて一日一食だったのは最近の話だ。しかしここに来る前はふらふらとあちこち彷徨う生活をしていたので、食事が取れないことなどザラだった。慣れていたからこそひもじい思いも、売れないことへの焦りなどもなく過ごすことができた。
外に用があったので出かけて戻ってきたところ、正門の前で何やら揉め事のような声が聞こえてくる。住民以外は名前や荷物を役人によって確認される。おかしなものを持ち込もうとして止められるのはよく見る光景だ。
気にせず通り過ぎようとしたが、見れば役人と揉めているのはまだ子供だった。身長からして十代半ばくらいだろうか。ボロボロの服にわずかに見える肌はあちこち擦り傷もある。どうせ親はどこかと聞いているのだろう。孤児は窃盗など犯罪に走りやすいから取り締まりも厳しいのだ。なんやかんや理由をつけてここに入ろうとする子供を止めるのも役人の仕事だ。またそんな感じなんだろうなと思っていたが、突然その子供はすれ違おうとした男の腕をガシッとつかんだ。
「この人、俺の師匠だ!」
その瞬間、師匠と勝手に呼ばれた男は驚くことも焦ることもなく。
バギッ!
「ぎゃん!」
周りにいた人たちが思わず間抜け面になる勢いで、男は刹那に子供へゲンコツを振り下ろしていた。子供はうずくまって何も言えずにいる。手加減なしの一撃にしか見えなかった、痛すぎるのだろう。
「……師匠の腕を気安く触るんじゃねえよクソガキ。うっかり腕の筋を伸ばしちまったら誰が俺の仕事を代わるんだ、テメエか? 無理に決まってんだろ」
何か面倒ごとに巻き込まれたんだろうなとは思ったが、なんとなく腹が立ったのでそれなりの力で鉄拳をお見舞いしていた。特に何も考えていない、気がついたら体が先に行動していただけた。その会話を聞いていた役人は全く納得した様子はなく、子供だけに話を聞こうとしている。
「いいから身元が分かるものをさっさと出せ! 忙しいんだよこっちは、お前なんぞにかける時間は一秒だって惜しい! これが最後だ、身元を証明できなかったら技術窃盗罪で今すぐ拘束する!」
「俺の弟子だっつってんだろ、これ以上ごちゃごちゃ言うならてめえの上司と話をつけるか?」
「どうせただ通りかかっただけろう、引っ込んでろ! お前も同罪になりたいか!」
役人という身分で気が大きくなっているのだろう。イライラした様子で怒鳴り返してくるが、男は鼻で笑った。
「何の証拠もなく罪を着せた役人は罰がでかいんだったよな? ボッカがよく言ってたわ、馬鹿で使えねえ部下が多いってな。見つけたら両手足へし折って連れてってやるって一昨日約束したばっかりだ」
なあ? と笑いながらそう言うと、役人は一瞬驚いてわざとらしく舌打ちをした後に失せろと怒鳴る。自分の直属の上司、それも愛称のほうの呼び方を言ったのでややこしい相手だと理解してくれたようだ。役人がてきとうな仕事をしないように、役人に対する罰が大きいのは事実である。
「さっさと行くぞ、クソガキ」
いまだ頭を押さえて「うー」とうなり続ける子供の襟首を掴むと、そのままずるずると引きずっていった。
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