6人が本棚に入れています
本棚に追加
「俺、東京来んの親に反対されたんだ。邦彦みたいに地元の大学に進学すればいいだろって」
「邦彦って、北島くんのこと?」
幼なじみの北島邦彦。
柔和な顔立ちをしていて、物静かで、優しい親友。
けれど、彼は地元でいちばん偏差値の良い大学に進学して、自分は東京へ。卒業以来一度も連絡をとっていない。
「今思えば、東京に来たら俺もスゲー奴になれるって勘違いしてたんだよな。ただの平凡で退屈な人間なのに……」
美雨は人差し指で、恭平の言葉を止めた。
「坂口くんなりに頑張ってるんでしょ?そんな風に自分を卑下しないでよ」
そんな悲しそうな顔、させるつもりじゃなかったのに。
恭平は口角をわずかに上げて、美雨の目をまっすぐ見つめた。
「……ありがとう」
ほっとしたように微笑んだ美雨だが、すぐにその笑みは消えてしまう。
「坂口くん、あのね……」
彼女か何かを言いかけた時だった。
「お待たせいたしました」
美雨には、チョコレートケーキとホットの紅茶。
そして恭平には、夏みかんのジュレとアイスコーヒーが運ばれてきた。
「なんか言おうとしてた?」
彼女はふるふると首を横に振った。
「ううん。なんでもない。坂口くんこれからバイトだもんね。……早く食べよ」
ふたりは、揃って手を合わせる。
「いただきます」
「……うまっ」
恭平が笑顔になると、美雨も嬉しそうに微笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!