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カフェの外に出た時、雨は上がっていた。
恭平は美雨の手を引いて坂道を登る。
「こっち」
誰もいない児童公園。
藍色とほんの少しのオレンジが混じった夕暮れの空。
濡れてなければブランコ乗ったのに、と笑う美雨。
「喜多嶋さん」
……今、目の前にいる君は。
「君は誰?」
あの日、“美雨”と呼ばれていた彼女の髪色はブラウンで、眼鏡もかけていなかった。
じゃあ、俺が会ってた“喜多嶋美雨”は、一体誰?
しばしの沈黙をはさみ、美雨は口を開いた。
「……嘘ついててごめん」
今は涙で潤んでいる眼鏡の奥の瞳。
ずっと前から知っているような気がするのは何故だろう。
「どうしても、恭平が好きって伝えたかっただけなんだ。……信じてくれる?」
「信じるよ。だから……」
だからまた雨の日にあのカフェで会おう。
恭平は言葉にすることが出来なかった。
美雨の身体が足元から徐々に透き通りはじめていたから。
「待っ……」
恭平は必死に手を伸ばす。
涙を流しながら美雨は微笑む。
「さよなら。……ありがとう」
指先が届く前に、美雨の姿はかき消えた。
淡い光の粒だけを残して。
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