第2話

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第2話

 鉛色の空の下、轍のきついアスファルトの路面を、古い自転車が颯爽と駆け抜けていく。 「最近の天気予報は当てにならんよなぁ。まあー世の中がこんな状態だからなぁ」  ペダルをこぐ徳明の肩には、バッタが、ちょこんと行儀よく乗っていた。  バッタの胴体には、輪ゴムが巻かれ、輪ゴムにはタコ糸が結ばれていて、それは徳明の腰のベルトにつながっていた。 「しかし、〝バッタ〟は賢いなぁ」   徳明は、バッタに〝バッタ〟という名前をつけた。  なぜそんな素っ気ない名前なのかというと、いずれ分解するからだ。  メカの分解は、それが精密になればなるほど、組み立て直すのが難しい。いや、元通りになる可能性の方が低いだろう。  つまりは情が移るのが怖かったのだ。  それくらい〝バッタ〟の知能は高かった。徳明は犬レベルだと推測していた。このバッタの大きさに犬レベルの知能を有するAIを積むことは、現代科学を持ってしても不可能だろう。  ただ実際に動いている。  ならば可能性は一つしかない。  メインコンピューターからコマンドを電波で飛ばしているのだ。メインコンピュータは、徳明が住んでいる家、魚沼邸の何処かにあると徳明は考えていた。  ただその通信手段が電波とは限らない。というのも、通信波のスキャンはお手の物だった徳明からしても、バッタが外部と通信している証拠を掴むことができなかったからだ。 「まーとりあえず電波通信の可能性を潰さないとなー。確認するには、十キロ以上離れないとだめだ。原始的だけどしょうがないねぇ」  近距離通信の距離はピンキリだが、中には十キロ近くも届く通信器もある。  そこで徳明は十キロ離れた状態で、動きに遅延等、問題が起きないか確認することにした。  とはいえ筐体サイズから考えて、十キロというのはあり得ないはずだ。アンテナが収容できるとは思えない。それでも徳明は、 「ま、技術開発は、当たり前の積み重ねが重要だからな、やれる事はコツコツと! さ、バッタ急ぐぞ! 振り落とされるな」  徳明の自転車が、長い坂の一番高いところに差しかかった。ペタルをこぐのを止めて、惰性で坂をおりていく。 「最近曇ばっかりだなぁ。快晴ならさぞ気持ちいいだろうけど、とりあえずは、雨が降りませんようにーっと」  徳明には、晴天を待つ時間がなかった。  スケジュール的には、そろそろ終活を始めなければならないだろう。何しろ何もしなかったら最短で後半年の命だ。 「んーんと。そろそろか」  自転車を止めて、バッタの様子を見てみる。バッタは、徳明の肩に大人しくとまっていた。 「いつも通りの、可愛い奴よのう」  肩の上のバッタに指を近づけると、じゃれるように絡んできた。 「しっかしなぁ。電波がこんなに飛ぶかね? わけが分からん」  すでに目標地点に到達していたが、いつもと変わらないバッタの姿に、徳明は首をひねった。 「仕方ない。バッテリーの確認に切り替えだ」  徳明には、もう一つ確かめたいことがあった。バッタが何らかの方法で外部充電しているとしたら、それは魚沼家の敷地内でのことか、外でも有効な方法なのか、どちらか切り分けが必要だったからだ。  敷地内で何らかの手段を使い充電しているのであれば、野外で遊ばせておくと、そのうち電池切れするのではないかと思ったし、そうでなくとも時々スリープモードに入るなどして行動パターンが変わると考えていた。  辺りを見渡すと、雑草が生い茂った空き地があった。丁度、椅子代わりになりそうな石材が積まれている。 「じゃーしばらく休ませてもらうか」  空き地に陣取った徳明は、バッタにつけたタコ糸を引きながら、のんびりと釣りでもするようにして黄昏た。  一時間ほど経ったが、バッタの動きに変化はない。徳明は、顎に手を当ててブロンズの置物のように、じーっと考え込んでいた。 「太陽電池なのかなぁ。可哀想だが、暗闇に放置してみるか? 熱放射発電の線も除外するなら……ああ、冷蔵庫が一番いいな……でも寒いだろうなぁ」  ブルブルっと身震いをして、バッタをじっと見てみる。何気なしに、バッタについたタコ糸を切ってみた。  バッタは、ピョンピョンと大きく跳躍しながら、空き地の隅まで飛んでいった。 (おーい、あんまり遠くに行くんじゃないぞー)  そう念じるとバッタは、ピョンピョン跳ねながら、空き地の中心に戻っていき、そこで改めて、ピョンピョン遊ぶように跳ねはじめた。 「おやおや、バッテリーパワーが落ちるどころか、むしろ元気じゃね?」  それから一時間ほど経った。  徳明は変わらないバッタの姿に諦め顔で、 「腹減ったぁ」  と、言った。バッタはピョンピョン跳ねながら、徳明の肩の上に戻った。 「さ、帰るかね」  徳明は変わらない曇天の中を、ゆっくりとペダルをこいでいった。  家に戻った徳明は、夕食をとってバッタと一緒に研究室に戻った。 「あとは……調べることはないよなぁ。一か八か、分解するだけか……」  バッタは、徳明の肩からピョンと跳ねると、研究室の中央テーブルに置かれた、緑色の紙を草に見立てたジオラマのような草むらに戻った。  ここはバッタ専用の家だ。酔狂で、ミニチュアのベットや椅子まで用意してみた。 「寝る時はベット、寛ぐときは椅子と、それなりに使い分けているように見えないこともないんだよなぁ。まあ、気のせいだろ」  今日のバッタは、猫が毛づくろいをするように六本ある足を器用につかい、身体についた泥を綺麗に落としていた。  徳明は、腕組みをしてうーんと唸った。 「分解……明日にするか、おやすみ、〝バッタ〟」  そう言って照明を落とし、研究室を後にした。  
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