第4話

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第4話

 バッタが二匹になって、更に一週間が過ぎた。  根治手術を受けるか、延命治療を受けるかを決めるまでの猶予は二週間となったわけだ。  根治手術を受けるためには、まとまった手術費用が必要で、その為には〝バッタ〟を分解し、その技術を盗まなければならない。  そして、二匹目のバッタを飼い始めた徳明が、今行っている作業は、〝おっちゃん〟が使っていた研究室のパソコンの調査だった。  その目的は、分解組み立て関連の資料が残っていないか調べる事で、なぜ必要かといえば、何もないぶっつけの分解と、資料を使った正当な分解では、再組み立ての難易度が天と地ほどの差があるからだ。 「ZTPは……まだかかるか」  おっさんが使っていた三十年以上前のパソコンの電源を入れ、ZTPのテンペスト機能でセキュリティを突破する。 「量子コンピュータにつなげられれば、一瞬で突破できるのだけど、カネがかかるしなぁ。しかしおっちゃん、家のパソコンだから、セキュリティ緩くするものだけど、生体認証に加えてなにか別のロックがかかってるなぁ。これ本当に突破できるんかいな?」  そう言ってため息を吐いた。心配したとおり、うまくロックが外れない。 「しゃあない。メモリを直接読んでみるか。データは暗号化されているから解読に時間がかかるけど、いざとなればなんとかなるだろ。問題は、この手のパソコンはバラすとセキュリティが起動してロックかけたり、自動消去したりするからなぁ。まー博打になるけど、当たって砕けろだ」  しかし、予想に反し、 「まじかよ。開けてびっくり、中はザルじゃないの。暗号化もロックも何もなし。おっちゃん、やってくれるな」  すぐに、〝バッタ〟の設計資料が出てきた。 「よっしゃ。これでこの〝バッタ〟の開発者はおっちゃんで決まりだ」  その資料には、外装の構造や、素材。製造の為の手順や3Dプリント時の注意点、分解方法等のサービス資料など、細かく書かれており、そのまま設計資料として外に出しても恥ずかしくない出来栄えだった。  驚いたことに〝バッタ〟の外装は、異なった複数素材を同時に編み込みながら、3Dプリントした複合繊維だった。  それは、組み合わせる様々な素材の種類や割合、それと編み方を巧妙に変えることにより素材の融着そのものを制御、様々な機能を有する特殊繊維や複合素材を簡単に製造できる、画期的な技術だった。 「この技術、応用範囲広そうだなぁ。もしかしたら人工筋肉とかもプリントできるんじゃね? 流石おっちゃんだ」  とても三十年前とは思えない技術で、今でも確実に特許が取れる内容だ。  つまり、〝バッタ〟の外装だけでも、高橋へのプレゼントとしては申し分ない内容だったのだ。  しかしそれらを見た徳明は、ふさぎ込むように考え込んでしまった。 「この資料の完成度は、どう考えても量産レベルなんだけど、おっちゃんはそのつもりだったのかなぁ? こんなもんタダで貰って良いのだろうか」  問題はそれだけではなかった。外側から見える部分の設計資料は完璧なのだが、見えない部分、内部構造に関する資料は皆無に等しかった。肝心の駆動システムや制御システム、あるいは脳波コントロールなど、そう言ったコア技術に関しては、まったく欠如していたのだ。  しかし、それについては、徳明はホッと胸をなでおろしていた。 「流石に、簡単に手に入れるとなると盗みも同然だからなぁ。これぐらいは当然なんだけど」  同時に、 「もしかしたら、おっちゃん、このバッタの仕組みを見破ってみろ。って、僕に挑戦しているんじゃないの?」  と、さえ思えた。 「だってさぁ」  徳明は、電源スイッチの位置を図解した設計資料を眺めながら、ため息を吐いた。  電源スイッチは〝バッタ〟の丁度ケツの穴に当たる位置にあった。ここに僅か0.5ミリの棒を突っ込まないと押せない構造だったのだが。 「すぐ左にこんな穴あけるかよ。絶対いじめじゃん」  その電源スイッチの、僅か0.2ミリ左には、同じ大きさの穴があって、 〝Never press. system will be destroyed(押すな。押したら壊れる)〟  と、あった。  とはいえ、分解する為の下準備はすべて揃ったのだった。  ◇  徳明は、研究室のワークテーブルに戻り、バッタと紅葉色の二号――後で見つかった個体は番号にした。理由はもちろん情が移らないためなのだが、仮面をつけたヒーローのようで逆に親近感が湧いてしまい後悔した――を、じっと見つめた。 「紅葉色のバッタっていたんだっけ? にしてもこいつらまったく絡まないよな」  二号と、〝バッタ〟は意外にも仲が悪いのか、二匹が絡むことはなかった。そして不思議なことに、脳波コントロールでは混線することはなかった。同時にお願いしても、片方しか反応しないのだ。 「そういや、おっちゃん、熱中すると他のものが見えなくなる質だったな。同時に二つとか全然無理で、子供の僕から見ても危うかった。突っ走ったら止まらなくなるし。  でも、モノ作りに関しては違っていたなぁ。びっくりするほど緻密で、繊細、細かい事まで考えて設計していた。今考えると、大人と子供が同居した人だったのかもしれないねぇ」  徳明は、おっちゃんと過ごした日々を思い出してクスリと笑った。すると突然、 「あーそういや、おっちゃん、よく紅葉色のシャツ来てたよなぁ。すげーダサいやつ。それでこいつ」  と、当時のことを思い出し、時間に追われ張り詰めていた表情が少し緩んだ。そういう気持ちで、紅葉色の二号を見ると、少し照れくさそうにしている気がした。  しかし徳明は、感傷に浸る時間はない事を思い出す。 「あと、二週間。グズグズしていられないんだ。ほんとごめん」  二匹の前で両手を合わせた。  そして、心の中で強く念じた。 (必ず元に戻すから、分解されてくれない?)  反応したのは〝バッタ〟の方だった。〝バッタ〟は、のそのそと、草むらから出てきた。そして、腹を出して仰向けにゴロンと寝転んだ。徳明は一瞬驚いたが、意を決したように、 「ば、〝バッタ〟……すまん」  バッタに礼をいってそっとロボットアームのところへ連れて行った。  研究室にあったロボットアームは、人間の手の動きを完全にシミュレートかつ、自在に動作スケールを縮小できる代物だ。主に精密加工に使う。  ゴミを防ぐため、簡易的なクリーンルーム機能を備えているビニールシートで囲われている。三十年経っても問題なく扱えるのはその為だろう。 「これが終わったら、こいつ売っぱらうか。古いとはいえ、ここの建物や土地より高く売れるかもしれない。まあ、それでも手術費用にはまったく手が届かないけど」  などと考えつつ、バッタを小さな手術台のような作業台(プラットフォーム)に固定する。  拡大モニターを見ながら先ずはバッタの尻の穴を確認する。縮小倍率は十分の一に設定した。0.5ミリのケツの穴は、五ミリの太さに相当する。 「はじめに電源落とさないと可愛そうだからな。まー全身麻酔するようなものか」  0.5ミリの極細ワイヤーをバッタのケツの穴に軽くあてがった。バッタは防水対策されている為、リセットスイッチも防水仕様だ。  押しすぎてもパッキンを痛める可能性があり、また押しが弱くても電源が落ちない。もちろん隣の穴に入れたらおっちゃんトラップでアウトだ。  ゆっくり慎重に挿入していく。図面によると、丁度三ミリだった。  ワイヤーが規定通り挿入された瞬間、電源が落ちたのだろう、バッタの六本の脚と、四枚の羽が一度にパッと開いた。メンテナスモードに入った印だ。羽の下に隠されていた分解用のネジが表面に現れた。  超精密加工されたオリジナルの微小ネジを、壊さないように一本一本、ロボットアームを使い慎重に外していく。十五分ほどかけて、外装を設計通りに外すことができた。 「お、思ったよりシンプル……え? シンプル過ぎじゃね? まるで玩具だ。そりゃ玩具だろ」  と、軽いひとりツッコミを入れていた徳明だったが、〝バッタ〟の細部を確認するにつれ、だんだん余裕がなくなりジワリと汗ばんできた。  昆虫は外骨格である。そしてバッタもやはり外骨格だった。  黒い謎の紐状の物体――恐らく人工筋肉だと思われる――が、体を動かすために必要な、要所要所に配置されている。  そして、身体のほぼ中央にコアユニットが設置されていて、すぐ側に思ったりより小さなバッテリーがあった。  人工筋肉は、コアユニットにつながっていて、防水仕様らしきケースに収められていた。それを見た徳明は思わず首をひねった。 「防水ボディの中にわざわざ防水ケース? ポッティングすりゃ良いんじゃね? ってか……人工筋肉にケーブル類が全くないな。人工筋肉と制御コードが一体化してる構造か……にしても……」  人工筋肉は、太いものと細いもの、場所によって様々な太さのものが使用されていた。 「こいつは特に細いな、一ミリもないぞ。本当にこんな細いやつに制御コードは入っているのかね。あーもしかしたら、外装と同じ方法で複合プリントされているのか? しかしそんな情報は資料にはなかったし、全体が一ミリ以下になると、編み込んでプリントするにも精度がなぁー、ちと厳しい気もするけどなぁ」  徳明を混乱させたのはそれだけではなかった。それはバッタの頭部を開けた時だった。 「やっぱりそうきたか」 〝バッタ〟の頭部には、二つのカメラとジャイロセンサー、計三つのセンサーしか搭載されていなかったのだ。 〝バッタ〟の動作には脳波を読み取るためのセンサーと、外部コンピュータとリンクするための無線装置が必要だが、それは今のところない。   「残りはコアユニットだけ。普通に考えると、この中にあるわな」    徳明は、ゴクリと唾をのんだ。  額から汗が滴り落ちる。 「コアユニットを開かなければ話にならないんだけど。しかーし、嫌な予感しかしないなぁ」  コアユニットのケースには、中央にネジがあって、そのネジを外すと蓋が外れ、内部にアクセスできることは間違いなかった。  ただ大問題があった。  そのネジは、プラスでもマイナスでも、六角でもない、特殊な形をした特殊ネジだということだ。  その特殊ネジは、特殊と言いながらスタンダードなものだ。開く工具はここにある。しかし、このネジが使われている事に意味があるのだ。  つまり、これは開けてはならないと言う設計者(おっちゃん)からのメッセージ。  徳明は、 「今回は外装を元通りにして、元に戻るか確認。一度、頭を整理しよう」  と思った。  しかし、  ハッと気づくと、ロボットアームを使わずに、特殊ネジに直接ドライバーを突っ込んでいた。  体が先に動いてしまったのだ。 「あっ、ヤべッ」  すぐに手を離そうとした、  その時、なんとも言えない、  言葉にできない、  なにか致命的な手応えがあった。  同時に、  プシュ  と、いう空気が流れ出る音がした。  何か大切なものが溢れたような、  そんな不思議な感覚。  徳明は慌てて、回したネジを元に戻した。  そしてミスが無いように丁寧に組み立てなおした。  元通りに、寸分違わず組み立てられた〝バッタ〟は、  しかし、もう二度と動くことはなかった。
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