雨も好き

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雨も好き

「今日は、お休みのところお呼び出しして申し訳ありません。」と彼女は挨拶した。 「この辺りは何度か来ているので、どうしますか、食事の出来る店と喫茶店がありますが。」 「今日は、お礼に参りましたので、お話しできる場所であれば。」 「分かりました。立ち話もなんですから、行きましょうか。」 駅の直ぐ近くの静かな喫茶店に入った。 直ぐに飲み物を注文して、話し始めた。 彼女はカバンから小さな袋を取り出し「ほんの気持ちですが、どうぞお受け取り下さい。」 「お礼なんて返って申し訳ないです。この間もお話しした通り、引っ越しの手伝いをして、捨てるはずだったビニール傘を貰ってさしていたのをお譲りしただけなんですから。」 「いえ、声をかけて下さったのが、本当に有り難かったのです。 あの日、とても世話になっていた伯父が危篤という連絡があったばかりで、私たぶん気が動転していたんです。 あまねさん、とお呼びしていいのかしら?、あまねさんが声をかけて下さって、少し冷静になれたんです。 あのまま、カバンで雨を避けて走っていたら、パニックになっていただろうと思います。 伯父の最期にも立ち会えましたし、 ほんとうにありがとうございました。 それだけ、お伝えしたかったんです。」 「そうですか。大変だったんですね。じゃあ、せっかくですから、これ、いただいて使わせて貰います。 ありがとうございます。」 「あの、あまねさんは、やっぱり雨がお嫌いかしら?」 「えっ?どうしてですか?」 「ごめんなさい。なんとなく聞いてみたくて。」 「もちろん晴れは気持ちがいいですから好きですけど、雨も嫌いじゃないですよ。 僕どちらかというとインドア派で、 雨の日にこういう喫茶店とかでコーヒー飲みながら本を読むのは好きですよ。 落ちつきますからね。 あなたは?やっぱり雨が嫌いですか?」 「休みの日に雨だと洗濯物も乾かないし、今までは嫌いだったかも。 でも、伯父が亡くなって、部屋に帰った翌日、凄い晴れてたんです。 部屋の空気を入れ替えたり、片付けにはいいんですけど、陽射しが眩しすぎてなぜだか少し辛かったんです。 その時、これから少し雨が降るといいなって、初めて思ったんです。 音もなく振る小糠雨が降ると気分が落ちつく気がして。」 「なんとなくですけど、その気持ち分かるような気がします。疲れている時、心が渇いてしまっている時、雨の音を聞きながら、家の中で静かに音楽を聞いたり、本を開くと気持ちが落ちつきますよね。 あれっ?そんな話してたら、雨が降ってきた?傘持ってますか?」 「ええ。あまねさんとお会いするから雨になるかなと思って、折り畳みの軽いのがバックに入ってます。」 「僕、そんなに雨男じゃないですよ。たまたまです。たまたま。ほんとですよ。」窓の外を見ると、小雨模様だ。傘を差している人もいる。参ったなぁ。 「あの…もしよかったら、またご連絡してもいいですか?お忙しいですか?」 「えっ?あ、はい。 休日出勤も多いですけど、土日のどちらかは必ず休みます。 でも…、僕つまらない男ですよ。」 「今度は、あまねさんとお好きな本の話とかしたいです。ダメですか?」 「ダメ…ではないですけど、ほんと、つまらない男で、女性を楽しませたり、喜ばせたりとかできないんで…」 「私、あまねさんとお話ししてると、なんか、落ちつくんです。だから、またお会いしたいです。 私も、読書家というほど読むわけではないですが、本は好きなんで。」 「平日は結構夜遅くまで仕事なんで、返事は遅くなると思います。 それでも良ければ連絡下さい。」 もう、今日で終わると思ってた。 また、振られてしまうのかもしれないけれど、それでもいい。 僕は、たぶん彼女が好きだ。 直ぐそこだけど、彼女の小さい折り畳み傘にふたりで入って、駅まで歩いた。 傘が小さいから、自然肩を寄せ合うことになる。彼女の温もりが感じられて嬉しかった。 でも、今度会うときは、晴れるといいね。君の可愛い顔を、明るい陽の中で見てみたいから。 おわり
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