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雨の日のこと
僕は、雨が好きだ。
なぜだか分からないけど、
雨の音も、雨の匂いも好きなんだ。
なんとなく、落ちつく気がするからかな。
子どもの頃は、遊んでいるうちに雨になって、濡れちゃうのも意外と好きだった。
いつだか、学校帰りに大雨になって、
坂道が川みたくなったのを、友だちと一緒にふざけながらゴロゴロ転がっていたら、心配して車で迎えに来てくれた母さんが、呆れてたっけ。
「あなた、きっと前世はカエルなんじゃない?雨の匂いが好きなんて。
普通の人は、雨だと気分が落ち込むものよ。」と
君と初めて逢った日も雨だったね。
その頃、僕は付き合ってた彼女から振られた痛手から立ち直れないでいた。
もう、誰かを好きになるなんて無理かも、と思うくらい凹んでた。
それは、友だちの引っ越しの準備の手伝いに行った帰りだった。
手伝いを追えて帰ろうとすると、
雨が降ってた。
来た時は晴れていたし、雨の予報でもなかったから、傘を持ってなかった。
でもまぁ、たいした降りじゃないし、濡れてもいいか、寒い季節でもないと思ったのだが、友だちが「どうせ捨てるつもりだったビニール傘あるから持ってけよ。返さなくていいからさ。」と渡してくれた。
「じゃ、しばらく会えないけど、元気でな」と別れた。
友だちは、会社を辞めて家業を継ぐことになり、実家に帰るのだった。
その友人の住んでた部屋に行ったのも初めてだったし、もう、この街に来ることもないんだろうな、と考えながら、駅への道を歩いていた。
降り始めはたいしたことなかったのに、駅に着く頃は、結構な降り方になっていた。
駅に着くと、家に迎えを頼んでいるのか携帯で話している人が数人いた。
タクシー待ちの列もできはじめていた。
僕が券売機の前で料金を確かめていた時、改札から出てきた女性がいた。
空を見るなり、困った顔をしていた。
そして、急いでいるのかちょっと焦りの感じられる様子だった。
きっと、折り畳みもなく、迎えのあてもないのだろう。仕方ない、濡れていこうと決めたのか、バックを頭の上に乗せようとしたとき、思わず声をかけていた。
「あの…。よかったら、この傘どうぞ。安物だけど、カバンよりかは濡れないでしょ。友人からもらったものなので、返さなくていいですし、僕の家、駅からは近いんで。」
「あ、でも…、知らない方からいただくわけには…」
「気になるのなら、駅の事務室に預けて下さい。また来た時に受け取るんで。」
「あの、お名前は…?」
「あぁ、そうか。
“あまね”ということにしときます。
本名じゃないですよ。
“あめ”だ“ね”で“あまね”
じゃ、気をつけて。」
戸惑う女性に傘を押しつけて、僕は切符を買って電車に乗った。
「ありがとうございます。
必ずお返しします。」
僕の背中に向かって声がした。
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