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会うことなどないと思ってた
部屋の最寄り駅に着くと、雨はあがっていた。
ただの安物ビニール傘なのに、えらく恐縮していたな、彼女。
いや、恐縮してたんじゃなくて、知らない男から急に声かけられて、戸惑ってたのか…
そりゃ、そうだ。
送りオオカミとかいるもんな。
『夜目・遠目・傘の中』
女性が綺麗に見えるシチュエーション。
気をつけないとね。無事に帰れたのかな。なんだか少し急いでいた感じだったし、返って呼び止めて不味かった?でも、結構降ってたし…とか、考えていた。
まぁ、もう会うこともないし、考えたところで、仕方ないんだが。
そう思うほど、その時は何も期待などしていなかった。
「また来た時に受け取ります。」なんて、口から出任せだったし、来るはずもなかったのだから。
でも、部屋に戻ってから、駅の事務室に一言言っておかないと処理に困るかもと思い、調べて駅の事務室に電話をかけた。
「スミマセン。今日そちらの駅を利用した者なのですが、女性が傘がなくて困っておられたので、ビニール傘を差し上げたんです。ちょうどもらい物の傘を持ってたんで。
返さなくていいと申し上げのですが、恐縮されるので、『駅の事務室に預けて下さい。今度来た時に受け取るので』と言いました。
ただ、私は、そちらの駅を利用する予定がないので、もし女性がビニール傘を預けに来られたら、受け取って、困っている方の貸し出し用にでもして下さい。勝手なお願いでスミマセンが、よろしくお願いします。」
「こちらにこられる事はないんですね。」
「はい。今日は友人の引っ越しの手伝いに行ったので、もうそちらの駅を利用することはないと思います。」
「それでは、念のため連絡先を控えさせていただいてもよろしいですか?」
「わかりました。携帯番号は〇〇〇-〇〇〇〇-〇〇〇〇です。」
「何もなければ、こちらからご連絡することはありませんので。」
「わかりました。それでは、よろしくお願いします。」
案の定、1週間たってもその駅からは何も連絡は来なかった。
傘を返しに行かなかったのかもしれないし、傘だけ返しに行き事務室に預けたのかもしれない。もう、どちらでもいいことだった。
ちょっと可愛い人だったな。以前の僕だったら、なんとかきっかけを作ろうとするくらい、好みのタイプだった。
でも、もう恋なんてできないとその時は思ってた。
あんな可愛い女性だ。きっと彼氏がいるに違いない。優しい彼氏なんだろうな。幸せなんだよな。幸せでいて欲しいと思った。
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