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17:40
ここは、周囲を山に囲まれた田舎町。分厚い雲が西に沈む太陽を遮っていて、時折吹く風はどこか冷たく感じる。
旧街道の風情が残る町中を少し外れると、裏手の山の方へと続く一本の緩やかな坂がある。そこを上がると、広い庭とその奥に瓦葺きの立派な屋敷がみえてくる。そこには、久遠周という一人の青年が住んでいた。
「黒い雲だ……雨が降ってくるのかな」
周は、1年前に空き家バンクを利用してこの屋敷を購入し、移住してきたいわゆる"余所者"だ。植物を育てることに深い関心があり、広い庭を利用して、野菜や花を育て、採れた野菜や花の苗、切り花、ドライフラワーで作ったハンドメイド雑貨などを近くの道の駅に出して販売している。
ただ移住してきただけではなく、地域の行事に参加したり、あらゆるイベントの手伝いを進んで行うなど、積極的に地域と関わる姿勢をみせ、周辺住民の信頼は既に厚い。おまけに28歳と年は若く、身長は高く、細身で、端正な顔立ちをしている。誰にでも気さくに話すところも地域のおば様たちのウケが特に良い。ただし、彼がこんな寂れた田舎町に移住してきた本当の理由は誰1人として知らない。
周が出しっぱなしにしていた洗濯物を取り込んでかごに入れて家の中に入ろうとすると、遠くから名前を呼ぶ声がした。
「周さーん!」
振り返ると、制服姿の少女が手を降ってこちらへ向かっていた。
「あ。絢夏ちゃん、おかえり」
「ただいま、周さん。用事もないのに今日も来ちゃった」
「構わないよ。いつでもおいで」
この少女の名前は、水野絢夏。地元の高校に通う2年生だ。周とは同じ地区に住んでいる。絢夏の母親は、周が作物や作品を出している道の駅で働いていることもあって、2人は他の人よりも少しだけ深い交流がある。特に用事がなくても、絢夏は学校から直接周の家に来て入り浸ることもあるが、周は嫌な顔せず笑顔で迎えた。
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