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山の中腹を切り開いた所にひとつの村があった。そこにはヨハンという少年が暮らしていた。
ヨハンの父は、弓の名手だった。狩猟と採集、そして小規模の畑で食料を賄っていた村にとって、大きな獲物を狩ることのできたヨハンの父は村の多くの人に慕われていた。ヨハンは言うまでもなく父の存在を誇らしく思っていた。そしていつかは、自分も父と同じように弓を扱いたいと思い、日々鍛錬に励んでいた。そんなヨハンのことを、父は温かく見守っていた。
ヨハンの父は、毎日狩に出かける。何もすべての獲物を彼が獲っていたわけではない。ほかの村人も、罠を張るか、弓や投擲など各々の方法で狩りをしていた。
それでも、彼にしか狩れない獲物がいる。大きく、獰猛で、人を喰らう獣だ。
ヨハンの父が毎日出かけるのは、それらの獣が村に寄り付かぬように巡回するためでもあった。
日の出とともに狩へ行き、日が沈み薄闇に包まれはじめたころに帰ってくる父を、ヨハンは毎日一人で待っていた。母はいない。ヨハンが幼いころに流行り病で死んでしまった。村の人はそんなヨハンを気遣ってくれるが、その気遣いが不要なほど、ヨハンは孤独を感じていなかった。父が「必ず帰ってくる」という確信があったからだ。
村長はヨハンの父に、新しい妻を娶ることを何度も勧めていた。ヨハンを慮ってではなく、才ある者の血を少しでも多く繋いでいきたいからだ。子供でも「それが村のため」とわかる。ヨハンも父がそうすることが当然であろうと考えていた。しかしヨハンの父はいつまでもその話を断っていた。父を非難する者もいたが、ヨハンは、父の選択をどこかうれしく思っていた。
月日が少し経ち、変化が訪れた。なんと、父がヨハンを同行し、狩に出てくれるようになったのだ。ヨハンは嬉しさや誇らしさといった感情で表せない高揚を隠せなかった。
しかし、しばらくの間は血を吐くような過酷な日々を過ごした。父は、ヨハンを子供扱いしなかった。普段と同じ巡回と狩を繰り返したのだ。
彼にとっての「普段と同じ」は、子どものヨハンにとっては試練の日々だった。少し足元に気を取られると、父の背中は遠い所。弓を引く暇さえなかった。時には気を失い、仕留めた獲物たちと一緒に、父に背負われ村に帰ったことも多々あった。
それでもヨハンはくじけず、ひたすらに父の背中を追った。
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