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いつか出逢った君へ
窓の外を見ながら、女は煙草を口にくわえた。火をつけ、ぼんやりと外を眺める女の姿を、俺は目に焼きつけるように見ている。
ソファに座る俺は、目の前に置かれたグラスに手を伸ばした。
水を飲みながら、一年に渡り、この部屋で女と交わした言葉の数々を思い出していた。その中には、ずっと心の奥底にしまい込んでいる言葉がある。
私、諒輔の子供を産みたいな――。
俺と結婚したいではなく俺の子を産みたいと言った女に、心は揺れ動いた。だが、俺はこの女を選ぶことは出来ない。
ふと視線を感じ横を見ると、女が微笑みを浮かべながらこちらを見ていた。俺はグラスを置き、女に向かって手を伸ばした。女は一方の手に持っていた煙草を灰皿に置くと、腰を屈めて俺の首に腕を巻きつけた。そして静かに唇を重ねる。
その柔らかさと温かさに酔いしれながら、俺は女の背中に回した手に力を込めた。
「おいで」
俺の横に座った女は優しく微笑む。俺は応えるように笑い返して、肩を抱き寄せて、腕の中の女に囁いた。
「絵里。もう逃げられないよ。わかってるよね?」
「バレてたんだ……いつから知ってたの?」
「最初から」
――だから後悔するって、俺は、言ったんだよ。
目を見開いて俺を見上げる絵里を見ていたら、目の奥に小さな痛みを感じた。俺は涙を堪えようとして、息を吸い込み、視線をわずかに上げると、絵里と過ごした日々が色鮮やかに蘇ってきた。
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