【短編】雨が止んだら帰ります

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「さてと、僕はそろそろ帰ろうかな」  放課後の教室。遅刻常習犯の私と、学級委員の彼はいつもの様に教室に残っていた。  まあ。私の場合は残されていたの方が正しいんだけど。 「まあまあ、もう少しだけ話に付き合ってよ」 「でも、花瓶の水交換も、黒板の掃除も終わったし」 「ほら、私の宿題を見るって仕事は終わってないでしょ?」  彼は自分の席にある鞄に手を通して帰ろうとするが、椅子に座ったままの私は子供の様に駄々をこねて手を伸ばす。 「それは、僕の仕事じゃないんだけどね」  そう小言を零しながらも、彼は私の席の向かいに座ると机の上のプリントを一緒に見てくれる。 「三原さん。僕が席外してる間に何してたの? 全く埋まってないけど……」 「うん? 泉君の事見てたよ」 「……っ! からかってないで早く終わらせるよ!」 「はーい」  私の言葉に対し、こうして反応を返してくれる泉君を見ていたのは事実だ。 それもかなり前から。でもきっと彼はそんな事には気づきもしていないのだろう。 「今日は雨降りそうだし。三原さんも早く帰った方がいいしね」 「そーなんだ。今日雨なんだ」 「うん? 天気予報見てないから分からないけど、ほら、外も暗いし雨降りそうじゃない?」  泉君は窓の外に視線を送って、雨雲に覆われた空を見る。 「確かに降りそうだね……ところで泉君は傘とか持ってきてるの?」 「生憎忘れちゃったんだよね。だから早めに帰ろうとしてたんだけどね」 「あはは。まあまあ。それより毎日こうして掃除とかしてくれてるけど、先生に頼まれてるの? いやだったら私から先生に言おうか?」  私は彼の嫌味を聞き流しながら、ペンを持った右手を紙では無く頬に当てる。 「ううん。これは僕が自分でしたくてしてるんだよ。好きなんだ、この教室が綺麗になるの」 「どうして?」 「うーん。上手に言えないけど、卒業とか進級とかしてさ。この教室に居れなくなった時に、ふと思い出す教室が綺麗だったら、楽しかった事が思浮かぶかもしれないから、とか。変かな?」  彼は自分なりの考えを話すと、恥ずかしくなってしまったのか、私の顔を見て誤魔化す様に笑顔を見せる。 「ううん。凄くいいと思う! 私も思い出す教室は花が咲いてて黒板が綺麗で、何て言うか明るい教室がいいから」 「はは。なら良かった」  泉君は私の反応を聞くと、バカにされるとでも思っていたのか、一瞬だけ驚いた様に目を丸くするが、直ぐに楽しそうに声を出して笑う。 「皆にも知って欲しいね。泉君がこうして頑張ってくれてること」 「うーん。それは良いかな。別に褒められたくてしてるわけじゃないし。三原さんが知ってくれたしね」 「……へへ。私が知ったからいいんだ」 「……それより早くペン動かしてよ」 「そうだね。そろそろ時間だと思うし」 「時間?」 「ううん。こっちの話」  零れた言葉を掬い上げた彼に、私は軽く言葉を返してペンを動かし始める。  先生から遅刻の罰として渡されたこの宿題は、決して難しいものでも無い。だから真面目にするとあっさりと解けてしまうが、彼は私がペンを持つと、邪魔しない様にいつも口を噤んだままペンの走る音を聞いてくれる。  時計の秒針とペンが紙に擦れる音。外から聞こえる運動部の声。軽音部や吹奏楽部の楽器の音色。それに包まれる彼との空間が、私は何より好きだった。  だから私は遅刻も止めないし、今日もこうして欲張ってしまったのである。 「はい。終わり!」 「流石だね。あっという間に終わった」  10分足らずで終わってしまったその空間は、充分に時間を稼いではくれたが、それでも終わってしまうと勿体なく感じてしまう。 「いやいや。私1人だと怠けちゃうから。泉君のお陰だよ」 「僕は何もしてないよ。本当に」 「あはは。でも、時間は超えちゃったみたいだよ」 「時間?」 「ほら、外見て!」  窓の外は先程まで曇り空でしかなかった景色が、まるで絵が切り替わった様に、強めの雨が降り始めていた。 「あー……降ってきちゃったか」 「そう、ごめんね。降る前に帰りたいって言ってたのに」  私達を囲むようにして降る雨は、ザーザーと音を鳴らしていて、傘をささずに外を歩ける様な天候ではなかった。 「いいよ。たまに聞く雨音も意外に悪くないしね。それより三原さんは傘ある?」 「うん。あるよ」 「なら、三原さんだけでも帰りな。外は曇りで暗いし、雨が止むの待ってたらもっと遅くなってしまうから」 「ありがと、でも大丈夫だよ。この雨はあと20分もしない内に止むから」 「え。そうなの? どうしてわかるの?」 「そりゃー泉君が用事してる間に調べてたからね!」  もう雨が降り始めたから時効だと踏んだ私は、鞄の中から自分のスマホを取り出して、犯した罪を自慢げに話す。  だが、泉君は案の定ため息をついてから、少しシリアスな空気を装って私に説教を始める。 「……へー。なら僕が用事してる間に宿題してたら終わってたんじゃないかな?」 「……へへへ。まあまあ、あと10分位は時間あるんだし話してようよ」  そんなシリアスな空気に、私は反省をしつつスマホを鞄に直して力ない笑顔を返すと、彼もまた顔の力を抜いて小さく笑う。 「はあ、まあいいけどね」  結局彼は、私が雨の降る時間まで確認して、ゆっくりと時間を稼いでいた理由までは質問してこない。それは心残りではあるが、泉君が怒らずに笑ってくれている事が今の答えなのだと思うと、居心地もいい。 「やった。じゃあそうだねー泉君の趣味とか教えてよ」 「読書と。あ、あと最近はペンの音とか好きかな」
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