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序
生きているだけで幸せを与えてくれる。俺にとって立珂はそういう存在だ。
立珂は絶え間なく可愛いくて、可愛くない瞬間など一秒もない。立珂の兄になれたことが俺の人生最大の幸運だ。
歳を重ねるごとに立珂は愛らしい要素が増え、住む場所が変われば立珂の可愛さを演出する手段が増え幸せも増える。
そうして幸せな日々を送り、蛍宮に来て初めての冬がやってきた。人々は冬服に着替え寝具を分厚くしたが、俺と立珂は変わらない。何故なら有翼人の羽はとても暖かく、それは明恭の凍死を激減させるほど温かいので冬用布団など必要ないからだ。
だから冬は毎日立珂を抱っこして眠る。もちろん昨日も立珂を抱っこして眠った。夏は暑すぎて抱き着いて眠れないから冬は毎日ご褒美が貰える季節だ。
しかしもう日が昇り朝になっている。至福のこの時を手放すのは辛いが、少し前まで歩けなかった立珂が元気にはしゃぐ姿を見るのはそれ以上の至福だ。それに今日着る服を選んではしゃぐ姿や、大好物の腸詰を頬が丸くなるまで詰め込む姿も見れる。朝限定ご褒美時間だ。
俺の腹の上でぷうぷうと愛らしい寝息を立てている立珂の頭を撫で、ゆらゆらと身体を揺りかごのように揺らした。
「立珂。朝だぞ」
「んにゃぁ……」
「ん゛っ!」
立珂はいやいや、と尖らせた口元を隠すように頬ずりをしてくれた。すっかり健康になりふっくらした立珂の頬は柔らかい。頬ずりするたびに真ん丸の頬がむにゅっと歪む。それは見過ごすことのできない愛らしさで、俺は呼吸困難に陥り身悶えた。
この愛らしさに引きずられもう一度眠ってしまいそうだったが、小鳥のさえずりが俺を現実に繋ぎとめてくれる。
「お寝坊立珂は攻撃力が高すぎるな」
俺は愛らしさに負けないよう、いや、どうしても負けるのでこういう時は視線を立珂からずらすしかない。身体を起こせば強制的に立珂の顔は見えなくなるので、俺はゆっくり上半身を起こす。ずるりと布団に落ちてしまうかと思ったが、どういうわけか立珂はがっちりと俺にしがみ付いていていた。やあ、と小さく不満げな声をもらしひたすら頬ずりを繰り返している。
「くっ……眠りながら追撃してくるとは……!」
こんな可愛いことをされては起こすことができなくなってしまう。こうなったら自分から起きてもらわなければ俺にできることはもうない。
だがたった一つ立珂が絶対に目を覚ます方法がある。それはある言葉だ。
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