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第三十話 未来の歴史
閃里を追いかけると、薄珂がやってくるのを待っていたのかとてもゆったりとした歩調だ。
「閃里様!」
薄珂が追い付くと、閃里は振り向かずに空を見上げた。
表情は見えないけれどふうと大きく息を吐いたようだった。そしてようやく目が合うと、閃里はとても悲しそうな顔をしていた。
「何故里の子供を護栄の手下にした」
「単なる契約職員だよ。それに二人は護栄様を優先しないから手下にはなりえない。ただ一緒に獣人保護区を守るだけだ」
「獣人保護区を守るだけ、か……」
閃里はとぼとぼと宮廷まで歩き続けると、中央庭園の隅にある四阿の長椅子に腰かけた。
隣に座るようとんとんと椅子を軽く叩かれ、促されるままに腰かけると閃里は少し離れた獣人保護区の方向を見つめた。
「獣人保護区が元は何だか知っているか」
「先々代皇が国民を宋睿から守るために作ったって聞いたよ」
「そうだ。だがそれを知る者は減った。数年もすれば完全に忘れ去られるだろう」
「それが嫌なの?」
「いいや。語り継ぐ必要のない歴史は自然に淘汰される。それだけの話だ。だが天藍はそれを力づくでやりやがった」
ぐっと閃里は強く拳を握っている。ぶるぶると震えているのを見るに、これはとても許せないことなのだろうことはよく分かった。
「今の蛍宮はあるべき姿か? 宋睿を討つために利用しただけではないのか? 本来必要な歴史を奴の都合で闇に葬ったのではないか?」
「天藍が皇太子に立ったのが許せない?」
「……全ては未来へ進むべきだ。だが蛍宮を愛さぬ天藍の作る未来に意味があるのか?」
「じゃあどうして解放戦争を手伝ったの? 天藍が皇太子になることは分かってたんじゃないの?」
閃里は再び空を見上げ、今度は宮廷へと視線を移した。
かつては蛍宮の正当な皇族であった先々代皇王が率いていたが、今は天藍と護栄が率いている宮廷だ。
「俺は天藍の軍師が護栄だと知らなかった」
「え?」
「あいつがいると知っていればこんな選択はしなかったさ」
薄珂は閃里の言葉に違和感があり、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
この話はとても妙な気がしたからだ。
(軍師の能力じゃなくて護栄様であることが問題みたいな言い方だな)
薄珂は天藍と護栄の過去についてさほど聞いたことが無い。どこでどんな想いで過ごしてきたなんて知りはしない。知っているのは本人から聞いた情報と二人が今どう振る舞っているかだ。
(宋睿を討ったのは私怨だって天藍は言ってた。護栄様は……)
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