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薄珂が知略や政治の実態を知ったのは護栄と深く関わってからだ。
だがそういう知識がこの世に存在するのだと知ったのは、長老が『極北明恭公吠伝』を読ませてくれたからだ。
「今思えば全てあそこから始まった気がするよ。じゃなければ麗亜様と話はしなかった」
「透珂様は必ずや国を取り戻すと仰られた。そのためには皇族の血を持つ子が必要だとも」
しんと静まり返った。里の大人は頭を抱えて俯きいている。
けれど長老はそれを背負って一歩前へ出た。
「時はきた。だから私は蛍宮へ戻って来た!」
「あなたの目的は俺を皇太子に立てることか」
「目的も何も、お前は正当な皇太子だ」
「悪いけど俺は立珂しか大事じゃないんだ」
「何を言う。国を率いるのは皇族の成すべき使命だろう」
「……それは、どうだろうね」
辺りは静まり返っていた。牙燕将軍の言葉を否定する者は一人もいない。
だが賛同する者もいなかった。
しかしこれは薄珂が頷かなければ進みはしない。彼らが何を言おうが、薄珂が協力をしなければ何も変わらない。
薄珂はふうと息を付き肩の力を抜いた。
「長老様には感謝してるし恩に報いたいと思うよ。けど……」
ふと天藍の顔が頭をよぎった。
蛍宮へ来ることを決めたのは立珂の未来のためだ。それは本当だ。
けれど天藍の側にいるためでもあった。
(天藍……)
薄珂はぐっとそれを呑み込んだ。感情論が響く相手ではないだろう。
「護栄様にも恩があるから無視はできない」
「……いいだろう。よく考えるんだ」
牙燕は驚くほどあっさりと引いた。それはきっと護栄を敵にするのは得策では無いからだろう。
だが薄珂が考えているのはそれとはまったく別のことだった。
薄珂は走った。立珂には仕事をしてくると告げて慶都と美星に任せ、薄珂は真っ直ぐ宮廷へ走った。
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