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第三十二話 もう一人の皇太子
宮廷に向かい、薄珂は一人の男を探した。
隠れられたら面倒だと思っていたが、男は最も人通りの多い中央庭園の四阿にいた。呑気に茶を飲んでいる。
「閃里様」
「……聞いたようだな」
「牙燕将軍へ俺の情報を流したのは閃里様だね」
「ああ。機を窺うため宮廷に残った」
長椅子に掛けていた閃里は、座れ、と自分の隣をとんとんと叩く。
薄珂はそれに従い隣に座ると、思っていた以上に閃里が暗い顔をしているのがよく見えた。
「どうして牙燕将軍は今更俺を立てようとしたの? 遅いと思うんだよね。里に入ってすぐならもっと素直に従ったよ」
「……それはお前のせいだな」
「俺?」
閃里はぐびりと茶を飲み干すと、はあとため息を吐いて空を見上げた。今日はとても良く晴れている。
「先々代皇陛下の治世がどうだったか知っているか?」
「知らない。でも宋睿以下だったと思うよ」
「へえ。何故だ」
「宋睿が支持されてたから。よほどの意味がなければ人殺しなんてしないよ。宋睿はそれをやらなければいけない理由があって、それは当時国民の願いだったんだ」
「宋睿が強烈だっただけかもしれんぞ」
「それでも支持率は低かったと思う。だって一度も名前を聞いたことがないんだ」
「名前?」
「もし宋睿以外の支配者を求めるなら天藍と先々代皇の名も上がるはず。でも全く聞かない。それは必要とされてないからだ」
「……良い洞察力だ」
閃里は小さく笑った。空になった茶碗をかちゃかちゃと弄り、わずかな飲み残しがくるくる揺れるのをじっと見つめている。
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