第三十二話 もう一人の皇太子

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「その通りだ。善人ではあったが政治家としての手腕は無い。全種族を愛し全国民を貧困へ追い詰めた。だから宋睿は獣人を取り立てた。物理的な力があるというだけでできることは多い。人間の技術を取り入れ蛍宮の国力を向上させたのも宋睿だ」 「政治的な能力の高い人だったんだね」 「ああ。だが有翼人を毛嫌いした。その理由は分からんが、有翼人を切り捨てる判断は賢明だったと俺は思ってる。世界が迫害傾向にある種族を保護するのは世界を敵に回すに等しい。だから中立国は存在しないんだ。それでも有翼人狩りはやりすぎだったが」 「それでやられてたら世話ないよね」 「……だがそれまで有翼人を無視していたわけじゃない。法は種族問わず適用され、一部の職員には人知れず弱者を守らせていた。その中心にいたのが」 「莉雹様だね」  びくりと震え、閃里はじっと薄珂を睨んだ。 「何故知っている」 「響玄先生が言ってた。莉雹様は宋睿の頃すでに『人知れず有翼人を守る』という運用を確立してたんだ。護栄様を教育したのはこの運用を守るためじゃないかな。莉雹様が陰になるには自分の上に強い光が必要だ」 「お前は本当によく見ているな。そうだ。莉雹殿は透珂様が戻られた時のために先々代皇のお志を守り続けた。だが莉雹殿はもう区切りをつけた。立珂という光が現れたからな」 「……うん。良くしてくれてるよ」 「本当はな、牙燕様も分かっておられた。もう時代は変わったのだと。だから隠れ里に退き、家族との慎ましやかな生活を望む慶真殿に自らの護衛という口実をお与えになられた」 「ああ、そういうことか。何で慶真おじさんなのか不思議だったんだ」 「姿の変わった穏やかな日々を愛し始めていた。しかし天藍が第二の宋睿にならないと断言はできん。だから俺は宮廷に残った。牙燕様には余計な心労を与えたくない」 「じゃあ俺が里に来たのは運が悪かったね」 「運か。偶然だと思うか」 「……思わないよ。羽付き狩りはきっと偶然じゃない」  その真相は誰にも分からないだろう。けれど薄珂は響玄の言葉が心の底に引っかかっていた。
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