第三十二話 もう一人の皇太子

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(護栄様が羽付き狩りを扇動した可能性がある……)  偶然透珂の子が牙燕将軍の元に行く確率がどれだけあるだろうか。  そんな偶然よりも護栄が羽付き狩りを扇動し薄珂を巻き込もうとしたという説の方がはるかに必然性が高いように思われた。  けれど閃里は追及しない。ここでそれを追求しても意味がないからだろう。結果が全てだ。 「全種族平等は先々代皇陛下の悲願だった。しかしその願いは潰え、牙燕様も諦めた。だが先々代皇の血を引くお前が有翼人保護区を作り、牙燕様が育てた烙玲と錐漣が獣人保護区警備に就いた。それを導いたのもお前だった」  閃里は立ち上がり再び空を見上げた。そこには何もない。雲も無く鳥も飛んでいない。何もない。  そして視線だけ薄珂に落とすと、口元だけ笑みを浮かべた。 「お前が牙燕様の復讐心に火を付けた」 「……その導線を引いたのは俺じゃないけどね」 「そうだな。だが俺にはもう、何が『蛍宮の未来』なのか分からない」 「閃里様も俺を皇太子に立てたい?」 「牙燕様がお望みなら手を尽くすまでだ」  はあ、と閃里は深くため息を吐いた。とても力無い眼差しは何を見据えているか分からなかった。  薄珂は立ち上がり閃里の前に立った。 「協力して欲しいことがある。やりたいことがあるんだ」 「私の主は端から透珂様ではない。お前に尽くす義理はないな」 「そうだね。でも閃里様は牙燕将軍へ隠してることがあるよね。俺はその真相を知ってる」  ぴくりと閃里の目尻が揺れた。目を細めじっと薄珂を睨み付けている。 「やりたいこととはなんだ」 「牙燕将軍の言う通りだよ。時が来たんだ。この国にも俺にもね」 「……お前は護栄より質が悪い」  薄珂は悪手を求めて手を伸ばした。閃里はその手をじっと見つめると、くすっと笑い握り返してくれた。 「いいだろう」 「有難う。それじゃあ本命のところへ行こう」
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