第三十二話 もう一人の皇太子

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「閃里様と麗亜様の証言に一致しないからだよ。閃里様は昔から護栄様を注視してたけど、その理由は『優秀だから』ではなく『護栄』という個人に価値を見いだしてるからだった。これは麗亜様の話と合わないんだ。麗亜様は天藍が立つ前から護栄様を軍師として恐れていた。閃里様と逆だ」 「麗亜殿ですか……」 「あなたは一個人としても軍師としても価値があった。同時に政治へ口を出せる地位と頭脳を持った誰かがいて、美星さんを隠した誰かもいた。なのに宋睿側には解放戦争へ対処できる軍師はいない。そんな時に護栄様は天藍の軍師となり有翼人狩りを起こした。偶然うまくいきすぎだ」 「こじつけですね。証拠がない」 「あるよ。あなたが美星さんを大事にしてるのが何よりの証拠だ」  護栄の口元が揺れた。いつも顔色を変えない護栄が動揺し声を上げたことは少ない。  薄珂の記憶にある限り、美星が襲われた時と美星が羽を落として生き延びた有翼人狩りについて語られた時だけだ。 「それこそ辻褄が合わないでしょう。美星を守るなら有翼人狩りなどすべきではない」 「そう。ここに矛盾があるんだ。美星さんを守る手段として有翼人狩りは最悪手と言っていい。実際それまで隠せてたんだからね。これは多分紅蘭様と響玄先生だけど、権力財力どちらも十分揃ってる」 「だから何だと言うんです。美星がどうあれ私が皇太子だなんて全く繋がらない話だ」 「どうして天藍を選んだの?」  ふいに、護栄はすうっと息を呑んだ。ふうとため息のように吐き捨てると、愚かな言葉に呆れたと見えるような素振りで顔を背けた。 「言わずもがな。宋睿の悪政を覆すに足る方だったからですよ」 「それは変だ。世が世なら美星さんは皇女として優雅な生活を送れたはずだ。それが無理ならせめて穏やかな生活を守ってあげたいだろう。なら悪政でも宋睿の治世を維持するのが一番安全だ。でもそれを覆す男が出て来てしまった」 「それは!」 「護栄様は天藍を選んだんじゃない。選ばざるを得なかったんだ!」  びくりと護栄は全身を揺らして一歩後ずさった。閃里は目を丸くしている。  薄珂は天藍を睨み付けた。 「美星さんを人質に有翼人狩りをやらせたね」
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