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第三十四話 生きていた薄立
哉珂はにやりと笑み孔雀の肩をとんっと叩いた。
「こいつは孔雀でも龍鳴でもない。先々代皇の第二子、薄立だ」
その場の全員が黙った。驚き目を見張り、全員が孔雀に視線を注いだ。
だがしばらくは沈黙が続いたが、ついに孔雀はため息を吐いて顔を上げた。
「……一度すれ違っただけなのによく覚えておいでだ」
「お前も透珂も憎かったもんでね。脳裏に焼き付いてるよ」
「誰の味方でもない貴方だけが脅威でしたよ。あなたが名を伏せ麗亜様と共にいらした時に……こうなるだろうことは予感していました……」
「龍鳴、お前……」
震えながら声を漏らしたのは牙燕だ。長く龍鳴を傍に置いていたのに全く知らなかったのだから当然だろう。
「だ、だが待て。私の知る薄立様は赤ん坊の薄珂と立珂を見せに来たあの男だ。あの顔で間違いない。龍鳴が蛍宮市街で生まれ生活していたことも知っている」
「その全てが違うんです。これは薄立本人に説明してもらった方が良いでしょう」
哉珂はじっと孔雀を見つめた。孔雀はまた一つため息を吐き、ちらりと薄珂へ目をやった。
「薄珂君は何故気付いたんです?」
「辻褄の合わないことが多かったからね。でも一番は閃里様かな。俺が透珂の子と知ったうえで、倒れた時に宮廷医ではなく孔雀先生を名指しで呼んだ。孔雀先生が対処方法を知っていると確信があったんだ。そして哉珂は薄立なら公佗児の生態を知っていると断言した」
「閃里! お前知っていたのか!?」
「……はい」
「な、何故言わなかった! そんな大事なことを何故!」
「迷っていたからです。『孔雀』は人間と獣人の架け橋になった。それは先々代皇の理想そのもの。そして我らには牙燕様がいて下さる。もうこのままで良いのではないかと……」
「これは莉雹様も同じかな」
びくりと莉雹が大きく震えた。ぐっと顔を伏せ背けているのは牙燕と目が合わないようにだろうか。その唇は小さく震えている。
「莉雹様も知ってたんじゃないの? 真の薄立は牙燕将軍と共にいずれ戻って来る。だから宋睿の元でも自分は目立たず陰から宮廷を支え続けた」
「……その通りです。ですがもう、墓まで持っていくつもりでした」
「何故、何故だ」
「立珂様がいらしたからです。蛍宮は新たな未来を見つけた。もう過去に縋る必要などなくなったのです」
牙燕はただ震えていた。求め続けた透珂の子は子ではなく、いるのは正しく皇太子に立つ権利を持っている男。しかもそれは長年共に連れていた者となれば裏切られたようなものだ。
「……龍鳴」
「込み入った話になります。座りましょう」
孔雀はふいっと顔を逸らして背を向け、ゆっくりと広場の片隅にある四阿へと向かった。
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