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四阿には茶器が一式揃っていた。孔雀が有翼人のために国内各地に設置した加密列茶だ。
莉雹はいつも通りの美しい所作で茶を淹れてくれて、そうしてようやく孔雀は語り始めた。
「私は生まれてからずっと『龍鳴』として人間の区画で生活をしていました。薄立として人前に出たことは一度もありません。表に出ていたのは牙燕様がご存知の男で、私の影武者です」
「何で影武者なんて立ててたの?」
「命を狙われていたからです。透珂と私は皇位継承権に関して政治的な対立がありました。第一子である透珂は側室の子で、第二子の私は正妃の子。双方陣営が命を狙いあっていた。牙燕様は透珂陣営を統括していた方で、私陣営が最も注意べき相手です。私が宋睿侵略後に龍鳴として宮廷へ入ったのも牙燕様を取り込むため――という私陣営の思惑でした」
「一体どうしてこんなややこしいことになったんだ?」
「私も又聞きになりますが、関わっているのは四組です。透珂陣営と私陣営、透珂の影武者数名、私の影武者数名。この影武者達の中に『牙燕様へ薄珂君と立珂君を見せた男』と『薄珂君と立珂君を育てた男』の二名が含まれます」
「え? それ別人なの?」
「ここが複雑なところなんです。まず前提として、私陣営の狙いは『宋睿を討ち薄立を蛍宮皇にする』こと。透珂陣営の狙いは『宋睿を討ち透珂を蛍宮皇にする』ことです。そのために利用されたのが『透珂の息子』です。例え透珂が死んでも息子がいれば引き継がれていきますからね。ですが当時透珂にも私にも子供はいなかったのでいるように見せた。それに利用されたのが薄珂君です」
「何で『見せた男』と『育てた男』は別なんだ?」
「ここまでは前提です。実際に発生した出来事はここから先で、大きく二つ。透珂陣営による『透珂の息子を育てる』という出来事と、私陣営による『薄立の息子を牙燕様に見せた』という出来事。これは同時に発生しただけで、全く繋がっていない出来事なんです」
「繋がってない? 双方知らないということか?」
「最初は。まず透珂の影武者が薄珂君と立珂君を連れて森へ逃げたのは単純に身を隠しただけ。彼が薄珂君たちに私の名を語った理由は分かりませんが、透珂陣営の男で間違いありません。牙燕様へ薄珂君と立珂君を見せた男こそが世間一般の知る『薄立』ですが、これは目的が全く違う別の出来事なんです」
「でも赤ん坊の俺を連れてたんだよね」
「それは無関係の子を息子に見立てただけ。影武者のようなものです。そしてこの時点でこの『薄立』は薄珂君のことなど知らないんです。何しろ目的は透珂でも薄珂君でもなく、牙燕様に『薄立は透珂の息子を連れて東へ逃げた』と誤認させることだったんです。私は西へ逃げていたんですよ。君達が本当に東へ逃げていたのは偶然の一致でした」
「それは、なんでそんな嘘が必要だったの?」
「透珂陣営――牙燕様が私を殺しに来る可能性があったからです。私が逃げた方向を誤魔化す策だった。透珂の子を連れているとなれば必死にならざるを得ないでしょう。これが二つの出来事です」
「それはおかしくないか? 立珂はお前の実子じゃないんだろ? 何でいもしない息子の影武者を作ってわざわざ牙燕殿へ見せに行ったんだ。敵だったんだろう?」
「そうせざるを得ない大きな転機があったんです。これが護栄様の台頭」
「護栄様?」
突如関係のなさそうな名前が出て来て、薄珂はぐりんと護栄を振り向いた。
護栄は顔色一つ変えずに茶を飲んでいる。
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