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第三十六話 兄、薄珂
眉をひそめた護栄は勢いよく立ち上がり薄珂を睨み付けた。
「目的は皇太子の件ではないのですか」
「俺の目的は立珂の幸せだよ」
薄珂はにこりと微笑み返し、一枚の書類を取り出した。
そこには『伴侶契約解約手続き書』と書いてあり、それを見た天藍は護栄に続いて立ち上がった。
薄珂は細かな説明書きの個所をとんっと指を差す。
「伴侶契約は双方協力して生活を保障することが法で定められている。加えて契約時点で片方が収入に乏しかったり未成年の扶養者がいる場合は、もう片方がその両者の生活を保障する義務がある。俺は立珂という未成年の養育義務があるから天藍はこれの養育義務が発生した。そして解約は双方の合意が必要で、一方的に解約を強要することはできない。それでも解約を求める場合は裁判を行い、本来契約継続するはずだった期間の生活補償を決定する。特に相手が未成年で扶養者がいる場合は教育や仕事に関する補助も必須。俺の場合は自動更新だから立珂を含めてこの先ずっとだね」
「俺は解約しないぞ」
「うん。俺も。双方合意で継続決定だね」
「ああ。何だ、こんなの商談じゃないだろ」
天藍はきょとんとして首を傾げた。以前に解約を提案したのは薄珂の方だからこんな説明をされる謂れはない。
薄珂は解約手続き書類をびりびりと破り捨てたが、はっと何かに気付いた護栄が前のめりに叫んだ。
「待ちなさい! それは」
「おっと! 護栄様はこの契約に口出しする権利は無いよ。伴侶契約に含まれていない他人なんだから」
「そ、それはそうですが」
「解約を強要するなら訴えて大々的に発表するよ、俺は。これすごく時期が悪いと思わない?」
薄珂はちらりと孔雀を見た。孔雀はこれまで宮廷所属の一医師だったが、皇太子になることがつい先ほど決定したばかりだ。
「事実はどうあれ、訴えられたら天藍は自ら退くんじゃなくて痴情の縺れによる廃太子に見える。こんなくだらない理由で終わるなんて長年の努力が水の泡だね、護栄様」
「……狙いは何です」
護栄は目を細めて目尻を歪ませたが、薄珂はにっこりと微笑んで返す。
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