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「で、どうなの。子どもは嫌い?」
カウンターの中に回り込み、伊坂は正面から私を見据えた。さっきまでこの場所にいた瞳子さんは、いつのまにか洗い物の作業に移ってしまっている。
「自分も昔、ちっちゃかったくせに」
出た。「子どもが嫌い」と誰かがSNSで言うたびに必ず出てくる反論。
「伊坂、血とか内臓とか得意?」
「急だね。かなり苦手」
「そういうこと。自分の体の中にあるものでも無理なものは無理でしょ。それと同じく、私は子ども苦手なの。自分が通った道だとしても」
伊坂は不服そうにしながらも、それ以上の反論はしてこなった。
通った道だからこそ、以前の自分の姿と比較してしまって苦手なのかもしれない。小さい子どもを見ると、必要以上に心を揺さぶられてしまうことがある。無邪気な笑顔で家族に甘えている子どもなんかを目の当たりにしてしまうと、もうだめだ。
アッサムの茶葉の渋みがいつもよりも強く感じた。
伊坂が無言で私の目の前にミルクポットを置く。苦そうな顔をしていたのだろうか。そそいだミルクをティースプーンで混ぜると、まろやかな色味に変化した。
ドアベルと同時に、こんにちはあ、と舌足らずの声が聞こえる。幼稚園くらいの男の子とお母さんらしき若い女の人が入り口に立っていた。大きな窓のおかげで全体的に明るく、家具のひとつひとつにも清潔感があるため、ディドルは若いお客さんにも人気だ。
「いらっしゃいませ」
伊坂はにっこり笑うと、すかさず子ども用の椅子をテーブルに準備する。前にも相手をしてもらったのか、男の子は一生懸命に伊坂に話しかけていた。
「あのさ、さっきさ、風船飛んでたんだよ」
「おー、本当? 誰かの風船が飛んでいっちゃったのかな」
視線を合わせるために腰をかがめたまま、伊坂が窓の向こうに視線を移す。
その横顔が、一か月前の光景と重なった。
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