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「慣れる意味でも話ときなって。しーちゃんはしっかりしてるし、女子同士のほうが話しやすいこともあるでしょ」
「でも」
「小学生と話すんじゃなくて、しーちゃんと話すって考えな。ほい、頑張れ。あんたなら大丈夫だって」
伊坂は親指を立てると、私の手からトレーを取り上げて離れていった。
「ええっと、松井瑠花です。よろしくね」
編み込みハーフアップのしーちゃんにぎこちなく微笑んだ。
「うん。こんにちは、ルカちゃん」
手もとにはうさぎのキャラクター柄のミニノートが広げられている。ページの上段にはハートマーク付きで〈年上から恋を学ぶ!〉と書かれていた。待て待てと思い伊坂をにらむと、口パクでファイトと返された。
横目のままノートを詳しく見てみると、〈ナオくんがコクハクした人数→ゼロ、コクハクされた人数→少なくはない〉とあった。知りたくもないことを知ってしまった。
「ルカちゃんは今、彼氏いるの? そもそも付き合ったことある?」
「いないし、ないよ」
「それなら好きな人は?」
「それもいないよ」
「ちぇー」
しーちゃんは抗議するようにくちびるを尖らせてから、オレンジサイダーをおいしそうにストローで吸い上げた。これは小学生が無理とかの問題ではなく、単に私の恋愛経験の乏しさが原因だ。申し訳ないけれど、どうしようもない。
「ルカちゃん、ナオくんとは付き合わないの?」
「ないない」
鉛筆でさらさらと〈ルカちゃんとナオくん→まだイシキしていない〉の一文が加わる。違う。
「んー、じゃあ次。ルカちゃんは、ナオくんからなんて呼ばれてますか」
「あんたとしか呼ばれたことないや」
「女の子にあんた呼びは、よくないよ。ねえねえ、ナオくーん!」
しーちゃんに呼びかけられて、テーブルを拭いていた伊坂が顔を上げた。
「ルカちゃんのこと、名前で呼ぼうよ」
「瑠花って呼べってこと? 別にいいけど」
あまりにも自然に口にされてしまい、自分の名前だと理解するまでに数秒かかる。
「いや普通、そこは松井って呼ぶでしょ」
「でも俺、正樹さんのことも瞳子さんのことも名前で呼んでるし。あんたって呼ぶ気分のときはあんたって呼ぶけど、それ以外のときは瑠花で」
ここまで堂々とされてると、細かく文句を言う気も失せてきた。
「わかりました。瑠花でいいです」
「おおー」
おとなしく受け入れた私に、しーちゃんが拍手を送る。
男子に下の名前で呼ばれるなんて、幼稚園以来かもしれない。
この年代、いわゆる青春時代と呼ばれるようなときに初めて下の名前で呼ばれる相手が伊坂でいいのか。
「はい、これしーちゃんにサービス。瑠花ちゃんも食べていいよ」
もやもやオーラを感じ取ったのか、正樹さんがチョコチップクッキーを私にも勧めてくれた。
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