1. おひさまとカップケーキ

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 しーちゃんが訪れてから数日後の朝の教室で、奴は爆弾を放り投げてきた。 「瑠花。明日のことなんだけど」  無言で顎で示し、登校してくるなりしれっと話しかけてきた伊坂を廊下に連れ出した。伊坂の声は高すぎず低すぎず、よく通って聞きやすい。接客業では有利な声質が今ばかりは憎い。 「ねえ。名前」 「何、瑠花でいいって言ったのはあんたじゃん」 「学校でも瑠花呼びすることはないでしょうよ。あと今まで学校で話しかけてこなかったのに、どうしたの急に」 「今までは用なかったし。明日は家族が帰り遅くなりそうだから、営業終わったあとのディドルで夕飯ごちそうになりたいんだけどいいかなって思って」  伊坂は自分がしでかしたことの重大さを理解するつもりはないようで、表情ひとつ変わらない。 「夕飯のことは私から伝えとく。戻ろう」  教室に入ると、案の定クラスメイトたちからの視線がちらほら集まった。 「伊坂と松井、仲いいんだな」  クラスの声を代表して、高橋くんが私と伊坂を交互に見る。 「俺、この人の家のカフェでバイトしてんの」  へえ、と好奇心を含んだ声がわく。 「でも、どこかは内緒。あそこは俺のホームだから」  私が言いたかったことと同じことを、伊坂はほがらかに言った。  カフェ・ディドルは大切な居場所。この認識はお互いに共通していた。  予鈴が鳴り、それぞれ自分の席に戻ろうと散っていく。 「あーあ、クラス全員にばれた……」 「まあ、腹くくれって」  伊坂は私の肩を軽く叩くと、あくび混じりに自分の席に向かった。  私も席に着いた途端、前の席の実鈴がくるりと振り返る。 「今の流れすごかったね。伊坂くん、大胆だわ」 「本当、何考えてるんだろう」 「あれだけ堂々としてると、逆に冷やかしもないよね。瑠花、伊坂くんにとっての特別なんじゃない? このこの」  ひとりで盛り上がっている実鈴は、私の両手を握ると上下に振り回した。 「きっと、特別ではないよ」  特別視なんてしていないから、名前で呼べるしみんなの前でも平然としていられるのだと思う。  私と伊坂は、偶然クラスメイトになったカフェのお手伝いとアルバイトにすぎない。同僚兼同級生という枠組みしか持ち合わせていない私たちに、私的な感情は生まれない。  担任の先生が入ってきて、実鈴が体の向きを戻す。あいさつのために椅子を引いて立ち上がる。  腹くくれって。いろいろな意味がこもっていそうな伊坂の一言が、頭から離れなかった。
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