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理想の天気予報が出た日の昼休み、メグには決まって向かう場所がある。建ち並ぶ校舎の一番奥。周りには木々が生い茂り、遠くから生徒達のガヤガヤとした声が聞こえてはくるが、どことなく薄暗く寂しい感じがする。生徒達が好んで訪れるような所ではない校舎裏が、メグの秘密の場所だ。
風に揺れる木々の葉が心地よいBGMとなる中、メグは校舎に背を向け、持参した愛読書をペラペラとめくる。あるページまで来た所で立ち上がり、その辺にあった棒を手に取る。所々背の低い雑草が生えた地面を見渡し、ある程度の空白があるスペースを見つけると、淡々と文字を並べた。
〈Let no one who loves be called unhappy. Even love unreturned has its rainbow〉
誰かを愛する人の事を不幸だとは呼ばせない。片思いだって虹が架かっているのだから。
愛読書である偉人の名言集から、自分の気持ちを代弁してくれている物を選び、行き場が無く胸に抑え込んだままだった感情を文字にして地面に叩きつける事で、苦しさから解放されていた。ヒロを巡る女子の戦いに冷ややかな態度を取りながらも、彼を想わずにはいられない。そこに何とか小さな希望を見出そうとしていた。戦いにさえ参加できないメグができるのは、こうやって人知れず足掻く事だけ。これが彼女の秘密だった。
しかしながら、『ピーター・パン』の作者が残した言葉を見つめながら、メグは矛盾に囚われていた。片思いだって希望はある。素敵な言葉だし、できればそうであってほしいと思う。だが現実を見れば、こんな自分の恋に虹が架かっているはずがない。きっとこの作者は、想いが成就したからこんなロマンティックな言葉を紡げるのだ。どう頑張ったって振り向いてもらえない三軍女子の気持ちなんて、偉人と呼ばれる人には分からない。こんな甘い恋、少なくとも私の人生の物語に登場する事はない。
メグはだんだんと広がっていく曇天を見上げた。
「こんな綺麗事、さっさと雨で消しちゃってよ」
もちろん自分の意思で消す事だって出来る。だが雨という抗えない消しゴムで容赦なく消す事によって、夢見る事の虚しさを思い知る事ができた。自分で自らの想いを断ち切るのが怖いから、雨の力を借りるしかなかった。
(雨よ降れ。こんな甘い言葉、読めないぐらいにグチャグチャにしてしまえ)
メグの複雑に入り組んだ感情を、曇天は今にも泣き出しそうな顔でただ見つめていた。
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