曇天だけが知っている

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「これってあれだよな……ヘンリー・ソローの名言」   「え?」    意外な言葉に思わず顔を上げる。   「知ってるの?」   「もちろん。ソローって心に響く言葉をたくさん残してるよな。あっ、ちょっと待って」    ヒロは手に持っていた本をパラパラとめくる。   「〈All unhappiness is only a stepping stone to the future〉   全ての不幸は未来への踏み台に過ぎない。  俺、これが好きなんだよね。うまくいかない事があっても、この言葉を見ると励まされるんだ」   「瀬崎くん、その本……」   「これ、俺の愛読書。もう何回読み返した事か」    ヒロが見せた本をの表紙には『英語で読む偉人の名言』の文字。メグも見飽きるぐらい目にしたもの。彼女は後ろに隠していた手を前に出し、ヒロと同じ本を恥ずかしそうに見せた。   「えっ!里中も同じ本持ってんのか!?俺達、趣味が合うな」    何気なくヒロが口に出したそのセリフに、メグの顔は一気に熱くなった。   「なぁ、ここって里中のお気に入りの場所なのか?」   「まぁ、そうだけど……」   「邪魔じゃなかったら、俺もここで読書していいかな?里中は他の女子と違って静かだしさ、隣にいても落ち着いて本が読めそうだ」   「ど、どうぞご自由に」    顔が熱いのを通り越して、火が出そうなのを必死に抑え、メグは平静を装った。落ち着こうと空を見上げると、そこには一部始終を見ていた曇天がいた。いつもメグの秘密を悲しそうに見つめ、望まれるままに彼女の僅かな希望をかき消してきた。メグ自身でも理解できない彼女の本心を知っているのは、この曇天だけ。  
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