暴虐聖女

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「貴様のような下賎な孤児などとは婚約を破棄する!やはり高貴な私には、高貴な婚約者こそがふさわしい!」 「その通りですわ、殿下」 居丈高に叫ぶ男と、その男の腕に絡みつく女。男の方は王子であり、女は公爵令嬢。確かに本人達の言う通り、身分的に非常にお似合いである。 アリスとしては、王子との婚約が上手く行けば、神殿を出て城で食っちゃ寝出来ると神殿長に聞いているから、それを手放すのは惜しい。しかし、この王子は嫌いなので、勿体ないけど別にいいかと考えた。 「そうですの?残念ですが、致し方…」 「それだけでは無い!貴様、嫉妬に駆られて、我が愛しのアマンダに、散々に嫌がらせを繰り返したそうだな!」 折角受け入れてスムーズに終わらせようと思っていたのに、遮られてイラッとした。しかし、続く言葉には心当たりがない。 「嫌がらせでございますか?私が、アマンダ様に?」 「そうだ!しらばっくれることなど出来んぞ!証拠も証人も山ほどある!」 そうして王子が論ったのは、聞くのもおぞましい所業の数々。 壁に繰り返し叩きつけたり、服を溶かされたり、土下座を強要されたり、高高度から落とされたりなどなど…嫌がらせなどという可愛い表現で済ませた王子もアレであるが、耐えきったアマンダのメンタルがオリハルコンである。 王子が鬼の首を取ったように見下ろしてくるが、それらの出来事なら話は別だった。 「まぁ、誤解ですわ。それらは嫌がらせではなく、教育的指導ですわ」 「体罰教師のテンプレみたいなことを言うな!というか本当にやったのか!?信じられない!ちょっとアマンダが話を盛ってるとすら思ったのに、お前気は確かか!?」 「そう仰られましても、私はその様に教育を受けておりましたし、他の方法は存じ上げませんわ」 「世知辛いな貴様も!……いや、そうではなくて!」 危うく脱線しそうになり、王子は慌てて軌道修正を図る。 「そのような暴虐聖女が妃になることは認められん!そもそも貴様のような穢れた孤児が、聖女となったこと自体がおかしいのだ!」 「どちらも私の望んだ事では無いのですが」 「ええい!一々反論するでない!大体貴様ごときが次代の大聖女だと!?信じられるか!妃も大聖女も、ふさわしいのはアマンダを置いて他にない!貴様など追放だ!」 追放と言われて、流石にアリスは黙り込んだ。それを見て、アリスが困り果てていると解釈した王子とアマンダは、ニヤリと笑みを浮かべる。 惨めに泣き縋ってももう遅い。今更謝罪しても許してやるものか、と2人は考えたが。 おもむろにアリスが右手を上げて、パチンと指を鳴らした。途端に、風船が破裂するような音が響き渡った。 「きゃっ!」 「な、なんだ!」 動揺する2人は、アリスが何かをやらかしたのではと、アリスを睨みつける。その視線の先には、ニンマリと笑うアリスがいた。 「アリス、貴女……」 「貴様!何をした!」 「それは勿論、結界を解除致しましたの。この国全土を覆っていた、護国結界を」 「なっ……」 「何を勝手なことを!」 「私はお役御免との事ですので。後はアマンダ様にお任せしますわ。ほら、早くなさいませ。今にも瘴気が溢れ出し、1週間もすれば魔物の巣窟ですわよ。あら大変、国が滅びてしまいますわ。さぁ、さぁ、お早く」 呆然とする2人にニヤニヤしながら語るアリスは、それはもういやらしい顔をしている。 「貴様!国を盾にとるつもりか!」 「どうしてそうなりますの?私を追放するのであれば、次代の大聖女たるアマンダ様が、お励みになるのでしょう?」 「くっ……その通りだ!貴様などよりアマンダの方が優れている!アマンダ、結界を!」 しかし、振り向いた王子の目に映ったのは、顔を青くしたアマンダだった。 「アマンダ?何をしている、早く結界を……」 「……せん」 「なんだ?」 「出来ません……私には、護国の結界など……」 「なんだと!?」 アマンダは涙を浮かべ、蒼白な顔で出来ないと訴える。アマンダ曰く、国中の聖女や神官に号令を掛けて、全員で起動する事ならば出来ると言うことだ。平時ならばそれでいいし、そもそも護国結界はワンオペ出来る代物ではなく、多数の聖魔法使いで運用するものらしい。 それを、故大聖女クラリスが80年以上の長きに渡りワンオペし、彼女亡き後アリスが引き継いだ為、神殿関係者以外は形骸化した護国結界の運用方法を誤解していると言われ、王子は顔を覆って項垂れた。 魔物襲来のリミットを考えると、国中に声をかけて回る時間などない。それならば業腹だが、アリスを聖女として留め置くしかないか……と考えた王子が、アリスに視線を戻したが。 「って、いない!?アリス!おい!どこ行った!アリス!アリスを探せー!」 アリスは忽然と姿を消していた。 その頃アリスは、神殿長執務室に飛び込んでいた。 「おいジジイ!金を出せ!」 「なんじゃアリス。今日は強盗ごっこか?」 「違う!」 追放後の旅の資金を得るために、アリスの財産を管理している神殿長に払い出しを求めに来ていた。 かくかくしかじかと経緯を語る。婚約破棄や嫌がらせの話には、ちょっと眉を顰める程度だったが、腹いせに護国結界を解除したと話した途端、神殿長は真っ青になった。 「結界を解除したじゃと?」 「王子もアマンダも、前からムカついてたんだ。国と一緒に滅びればいい」 吐き捨てるように言うと、神殿長は悲壮な表情でアリスにすがりついた。 「アリス、結界を張り直すのじゃ!」 「ヤダね。こんな国滅びればいい」 「ダメじゃ!ワシはまだ死にたくない!もっと長生きして、永遠に金集めがしたいんじゃ!せめて溜め込んだ寄付を使い切りたいのじゃ!まだ宝石風呂にも入っとらんのに!」 「ホントにジジイは見下げ果てた奴だな……まぁ嫌いじゃないけど」 「そうじゃろ!?これからも2人でウハウハするんじゃ!もっと営業をかけて、貴族から寄付を巻き上げたい!」 「うーん」 神殿長は三度の飯より金が好きな金の亡者で、二言目には寄付寄付と言っている。最早寄付という鳴き声である。 アリスも金は大好きなので、金の誘惑に悩んでいると、神殿長は落ち着きを取り戻したらしい。 「そもそも、王子にアリスを追放する権限などないぞ」 「ん?そうなの?」 「神殿は国に属しとるわけではないからの。だからアリスが出ていく必要は無いのじゃ」 「言われてみれば……」 確かにその様に学んだ覚えがある。アリスが唯一敬愛する、今は亡き大聖女クラリスの教えだ。 思えば、流石のアリスも動転していたようだ。妃になれないことが、思ったよりショックだったのかもしれない。 「そっか」 「流石に婚約破棄は呑むしかないじゃろな。アリスは護国結界を解いてしまったんじゃ。国家反逆罪と言われても仕方がない」 「マジかよ」 腹いせでやった事が裏目に出てしまったようだ。さてどうしたものかと思案していると、乱暴に扉が開かれて、王子が駆け込んできた。 「アリス!貴様の力は認める!貴様は、貴様こそが大聖女だ!それは認める!否定したことを謝罪して欲しいなら、いくらでもこの頭を下げる!だから頼む、結界を張り直してくれ!」 アリスの前にそう言って跪く王子に、追いかけてきた護衛やアマンダが悲鳴のような声を上げる。 それはそうだ、王族が孤児に頭を下げるなどと言ったのだから。 それでも彼らは感銘を受けた。国のために、民のために、憎き相手にすら跪いて、プライドを捨てて守護しようとする姿勢に。 「殿下……」 「俺も!」 「わたくしめも」 王子に感銘を受け、共に守り並び立ちたいと願う者たちが、アリスの前に跪いた。 王子はいささか選民が過ぎるが、それでも有能で期待された王子だった。基本真面目だし、王族の責務を理解している。そんな王子に期待をかける貴族はとても多い。 それを睥睨したアリスは、「へぇ」と、愉悦に唇を歪める。 それを見て王子は、ヤバいこれ失敗した、と思ったが、気づいた時は後の祭り。 「別に?今すぐ張り直しても構いませんのよ?私ならちょチョイのちょいですもの。その対価に、何を差し出せますの?」 「貴様!聖女のくせに、国まるごと人質に取るつもりか!恥ずかしくないのか!」 「恥など母の腹の中に置いてきましたわ。それで?」 「ぐっ」 アリスと王子のやり取りに、一緒に跪いた面々は、嘘だろコイツとアリスを睨むが、アリスは何処吹く風だ。 「それで、殿下は私に、何を差し出せますの?この国の民と領土の行く末は、今貴方様の判断に委ねられておりますのよ」 悪魔のような大聖女の言葉に、散々悩んだ王子は、先程の前言を、全て撤回した。 それを聞いてアリスは、やはりニンマリと笑って、護国結界を張り直したのだった。 この後王城に帰った王子は、部屋で無茶苦茶暴れた。 「なんじゃアリス。お前さん、そんなに殿下と結婚したかったのか」 「うん」 「ほっほ、春じゃのう」 「んなわけねーだろ。妃になったら贅沢三昧三食昼寝付き出来るんだろ?王子は邪魔だから結婚したら殺す」 「……アリスはとことん腐っとるのう」 「ジジイにだけは言われたくねぇ」 元々婚約を結んだのは神殿長と国王にメリットがあったからだ。強い聖女の血を王家に取り入れたい国王と、城に入り込み貴族から沢山寄付を巻き上げたい神殿長の。アリスをその気にさせる為に、食っちゃ寝出来ると餌で釣って見たのだが。 しかし。 (早まったのう。アリスは妃にしたらいかんわ) アリスは性根が腐っているので、高貴で潔癖で真面目な王子とは、ソリが合わなくて当然だ。その内本当に王子を殺しかねない。 そう思った神殿長は、国王と王子宛に、謝罪と婚約解消の手紙を書いた。 王子から事の顛末を聞いていた国王は、ゲッソリしながら解消の手続きをしたという。 後日これを知ったアリスは神殿長を(物理的に)吊し上げたが、妃はある種政治家の地位であり、贅沢三昧も食っちゃ寝なども出来ないと知ると、あっさり放棄したのだった。 新たに王子と婚約を結び直されたのはアマンダで、その強メンタルで再びアリスにマウントを取ってきたのだが、やはりアリス流教育的指導を受けた。
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