暴虐聖女

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そんなこんなで神殿での月日は流れていく。アマンダが嫌がらせしてきたので教育的指導をしたり、アマンダの実家に謝罪に行ったはずなのに先代公爵が太客になったり、魔物討伐に同行して騎士をぶっ飛ばしたり、王子と婚約する羽目になって神殿長に言いくるめられたり、アマンダがマウントを取ってくるので教育的指導をしたり。 そうして過ごしている内に、アリスは大聖女クラリスの次くらいには強くなり、次代の大聖女はアリスだと目され始めた頃だった。 大聖女クラリスが、病床についた。 彼女は聖女の力で若さを保っていた。平均寿命60代のこの国で、100歳まで生きたのは驚異的と言えたが、それでも老いと死に人が打ち勝つことは出来ない。 100歳を越えた頃から、大聖女は体調を崩しがちになり、ついにベッドから起き上がることも出来なくなっていた。 大聖女が呼んでいると言われて、アリスは彼女の寝室にいた。 艶やかででたっぷりとしていた黒髪は、所々抜け落ちて真っ白になってパサついていた。 アリスを何度も殴った腕は、まるで枯れ木のように細くなっていた。 ハリのあった肌は幾本もの皺が刻まれ、強い意志と光を宿していた青い瞳は、光を失い白濁していた。 大聖女の変わり果てた姿を見たアリスは、最初信じられない思いでいた。 あれほど強くて逞しくて、厳しくて意外に怒りっぽくて、その割にすぐケロッとして笑い上戸で、優しくて暖かだった大聖女クラリスが、こんな風になるなんて思ってもいなかった。 だが、アリスだって聖女だ。だから、大聖女クラリスがもう間もなく息を引き取るであろうことは、嫌でも理解してしまった。 「ババア……」 「全く、まだ躾が足りないようだねぇ。ほら、こちらへおいで」 大聖女が手招きするので、ベッドの前の椅子に腰掛ける。すると、大聖女が震える手を差し出す。その手はアリスを探すように、ゆらゆらとさまよった。 それを見てアリスは、慌ててその手を掴んで、握りしめた。 「ババア、目が……?」 もう既に、大聖女は目も見えなくなっていた、盲た白濁した目を瞑り、大聖女は嘆息する。 「やれやれ、まだ躾が足りないのかい。これじゃあ死ぬに死にきれないさね」 最早目も見えなくなって、握り返す手の力も声も弱々しい。 ぽたぽたとアリスの瞳から、涙が零れ落ちた。 今にも胸が張り裂けそうだった。自分が何故泣いているのかもわからなかった。こんな感情を今まで知らなかった。 辛くて、苦しくて、彼女がいなくなることが、とても淋しくて。 「ぐすっ、じゃあ、もっと長生きしろよ。アタシの躾は、まだ終わってないんだろ?」 「甘ったれるんじゃないよ。まだ私に甘える気かい?」 あぁ、アタシはこの人に甘えてたのかと、その時アリスは初めて気がついた。 絶対的上位の存在。それでいて優しくしてくれた初めての大人。 アリスやリックやマーサなど、孤児は基本的に大人を信用しない。大人から虐げられてきたのだ、信用なんかできるわけが無い。 それでも、時に厳しく、時に優しく、ちゃんとアリスに寄り添ってくれた大人は大聖女が初めてで、甘えられたのは彼女だけだったのだ。 そんな大聖女クラリスに、最後まで甘えて、心配をかけるのはプライドが許さなかった。 だから、アリスは涙を拭った。 そして、力を込めすぎた手を優しく握り直して、敬虔に言った。 「大聖女クラリス様、私の事はどうかご心配なさらず。クラリス様のおかげで私は……」 拭ったはずの涙が込み上げる。拭っても拭っても次々と。 しゃくりあげながら、それでも伝えたかった。 「クラリス様に、出会えた、事を……神に、感謝します。クラリス様と、過ごした日々を、私は、生涯……忘れません」 アリスの言葉を聞き届けた大聖女クラリスは、小さく微笑むと、アリスや神殿長、多くの人が見守る中で、静かに息を引き取った。 アリスが惜別や慟哭、そして愛情を知った、15歳の春の事だった。
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