暴虐聖女

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「ぐすっ、ズビーッ!」 「汚ねぇな。お前それでも未来の王妃かよ?」 「誰のせいよ!」 何故かアマンダがアリスをお茶に招き、過去話を聞きたがったので聞かせたら、ハンカチに鼻水を噴射している。 どうやらアマンダは、将来王妃となるのだから、次代の大聖女たるアリスとは仲良くしなければ、国益を損なうと考えたようだ。 鼻水を噴き出し切ったのか、落ち着いたらしいアマンダが、鼻水まみれのハンカチを侍従に渡す。 あの侍従可哀想だなと目で追っていたが、気を取り直したアマンダは茶を啜った。 「アリスにも色々あったのね。正直平民や孤児など家畜同然と思っていたわ」 「ぶっ殺すぞ」 「殺さないで。今はそう思わないわ」 「ふーん?自分が死ぬ番になって、ようやく思い知ったか?」 件の婚約破棄事件である。アマンダのみならず、危うく国家滅亡の危機だった。 アマンダはニヤニヤ笑うアリスに、やはり苦々しい顔をしたが、取り繕うためか小さく咳払いをした。 「それもあるけれど、それだけじゃないわ。この国を運営しているのは貴族だけれど、平民がいなければ国は立ちいかない。例え孤児でも、貴女には国を守れる力量がある。わたくしは、貴女の事は好きではないけれど、貴女の力量は認めているつもりよ」 確かにアマンダは、アリスが護国結界を解除した際、自分が再構築するのは無理だと、すぐに言い募った。 アマンダは身分の差には拘るが、力量を誤るほど愚かではなかった。 単純にアリスの行動が予想外過ぎただけで。 その身分の差も、アリスの話を聞いていて、思うところはあったのだ。 「わたくしが聖女として神殿に入る時、お父様に言われたわ。貴族としての責務を果たせと」 「貴族の責務ってなんだ?」 「ノブレス・オブリージュ。持ち得るものが施すことが美徳という考えよ。わかっていたつもりだったけれど、わたくしは今日まで、理解していなかったと気付かされたわ」 人道支援、福祉などは、貴族の妻や娘の務めである。炊き出しをしたり、孤児院でチャリティーをしたりだ。 だが、彼女達は金や名前を出すことはあっても、現場に姿を出すことは無い。 本当に支援を必要としている人間を、見ることなどなかった。 「炊き出しなんてものがあると知ってたら、孤児院の小さい子達は死なずに済んだ。いつどこで炊き出しをやるか、知らなかったよ」 「……そうよね。炊き出しをやるのは基本、王都の王族直営か、領主の膝元だけだもの」 「そりゃあ裏町の連中なんか、知らないはずだ」 ちなみに何を炊き出すのか、それは美味いのかと食いつくアリスに、アマンダは苦笑しか出来ない。 わたくしは、本当に世間知らずだわ。 パンの1個も食べられない子どもがいるなんて知らなかった。 金のために子どもを利用する大人がいるなんて知らなかった。 あらゆる暴力で子どもの意志を削いで、死に追いやる大人がいるなんて、知らなかった。 頭を撫でられた、褒めて貰えた。たったそれだけで大人に依存するほど、愛情に飢えた子どもがいるなんて、知らなかったのだ。 「ねえ、アリス」 「あ?」 「わたくし、貴女のような聖女にはなれないわ」 「そうだな、お前はどう頑張っても5番手だ。まぁ腰掛けにしてはやるよな」 「腰掛けって言わないで!わたくしだって頑張ったのよ!」 確かにアマンダは、腰掛けにしてはかなり頑張っていた。アリスに勝つために頑張ったのだろうが、腰掛の割にガッツがありすぎた。 「ま、アタシには及ばないけどな」 「わかってるわよ!腹立つわね!言いたいのはそうでは無いの!」 「あ?んだよ」 サクリとクッキーをかじりながら問い返すアリスに、アマンダはアリスの目を見て言った。 「わたくしは貴女ようにはなれない。わたくしは大聖女にはなれないわ。けれど、聖女出身の王妃としては、破格の技術を持っている、そうは思わない?」 「……確かにそうだな」 聖女だからと妃になった者は、これまでもいた。とはいえ、所詮腰掛けだ。箔をつけただけの高位貴族。だが、アマンダは違う。 「わたくしは、貴女には到底及ばないわ。けれど、わたくしの力量は、腰掛けとは一線を画していると自負しているわ」 「そうだな。お前は根性ある」 「それに、わたくしは次期王妃であり、公爵家令嬢という地位もあるわ」 「……つまり?」 要領を得ないアマンダの言葉に、アリスが訝しむ。アマンダはいつも通り、ドヤ顔で言った。 「この国の悪しき体制、ぶっ潰したくは無い?」 その言葉にアリスは、よく分かりもしないのに、「面白い、いいぜ、乗った」と、ガシリと握手を交わした。
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