少女、狼少年と出会う

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太い肩掛けのついた中学指定の第一カバンをポイっと放り投げ、制服のままごろんと草むらに寝っ転がると、私はスハーと大きく森の空気を吸い込んだ。 「はー、落ち着く。やっぱ山だわ。山最高。もうこのままここに住んじゃおうかな~~。いるもんね、山の中で一人暮らししてる人」 土と緑の匂いに、ちょこっとだけ潮っぽい匂いが混ざるのは海が近いから。 ママの実家のすぐ後ろにあるこの山は、かつては丸々山一つ圧巻のみかん畑だったというが、今ではすっかり寂れて廃れた、ただの山となっている。 昨年の夏にばーばが亡くなってからは足を踏み入れる者もない。社会不適合者の私にとっては、見渡す限り木と草だけのこの裏山はひきこもりのための聖地のように思われた。 私はここですごしている間だけ、煩わしい事の全てを忘れられる。 瀬戸内のド田舎にあるママの故郷は山と海に囲まれた過疎の町である。 今から2カ月ほど前、私はママとふたりでこの町へ引っ越してきた。両親の離婚に伴って以前住んでいた隣県のマンションを売却せねばならなくなったことと私の不登校とが原因で、ママは街を離れて田舎に移り住む決心をした。 「のんびりした空気のいいところで暮らしてれば、野乃花(ののか)の気分もよくなるかもしれない」とはママの談だが、私のこれはそーゆうんじゃない。空気とか町の雰囲気なんて一切関係なくて、私はただ、誰とも関りを持ちたくないだけなのだ。 私は今、週に数日、『保健室登校』という形で午前中だけこの町の中学校に通っている。そして午後は必ずここへ来て一人ですごし、夕方暗くなる前に山を下りるというのが私の日々のルーティーンだ。
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