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水、滴る恋
バァァァァァァァァァァァァァァーーーー。
昼休みを過ぎて、空腹から開放されると眠気が襲ってくる魔の時間帯だ。
雑音のような雨の音が教室の中に響く。
「朝の青空が嘘のようだな」
パチンパチン。という窓枠にぶつかる水滴の音と、バラバラバラバラという窓ガラスに叩きつけられる水の音に、時々気を取られる。
「お昼過ぎからって、明日じゃなくて今日のことと間違えてた説ある?」という声を、勇希は聞くことになった。
「いや……、傘あってもこれはすぐに帰らないほうがいいかもな」
先程の想像など忘れて、現実を見ながら帰りのプランを考える。いくら傘があったとしても、土砂降りであれば濡れてしまう。
身体は濡れなくても、リュックや運動靴に侵入する水は防ぐことはできないだろう。
「様子見て帰ろう」
特に用事があるわけではなかった。
急いで帰るのもいいだろうが、防水ではない靴は濡れてしまう。
こうして彼は、放課後にひとりで薄暗い教室で窓の外を眺めることになった。
「止む気配なし!」
相変わらず、バァァァァァという音とバチンバチンという音は教室に響いている。
「弱まることもないなぁ。風は弱くなったけど」
フーンフーンという、風が雨とともに建物間を縫っていく音は聞こえなくなっており、降り注ぐ雨粒は真っ直ぐに地面へと向かっている。
「帰るか………」
結局、諦めるしかなかったようだ。
しかし、風がなくなったのは良いことだ。傘が飛ばされることも、横から雨粒が押し寄せることもない。
「変な想像ばかりした一日だったな。何してんだか」
教室を後にして、電気が消えている不気味な廊下を進んで行く勇希。
途中で「気をつけて帰れよ」という先生の言葉もあったりしながら、玄関へと到達する。
「―――――!?!?」
まだまだ、勇希の一日が終わることはなさそうだ。
なぜなら………、
『雫さん!?』
生徒用玄関のガラス張り扉を見ると、見慣れた後ろ姿が雨降りの光景を前に立ち止まっていた。
「誰かに……借りたりするのかと思ったけど……」
下駄箱を開けて、運動靴を手に握ったまま彼女の姿を見つめてしまう勇希。
「迎えでも待ってるのか」
彼はそう考えた。
都合の良いことなんて起きるはずがないのだと。
「迎え待ち?」
それでも、早々に帰ることはしなかった。話すことなく黙々と帰ってしまえば、申し訳ないと思ったのかもしれない。
ほとんどの生徒は学校に残っておらず、ここには勇希と雫の二人だけ。だからこそ、彼は少し声を掛けてみることにした。
「ゆう……じゃなくて、黒岩君。まだ残っていたんだ。親が家にいないから迎えは待っていないよ」
「じゃあ、浅燈川さんはそこで……」
もしかしたら、ということを彼は感じる。
「弱まるのを待ってみようかなって。傘持ってくるの忘れちゃったから」
「そう……なんだ」
『お、おい。まじか。そんなことある!?』
勇希は心の中で叫んだ。全力で。
「な……なら……」
彼の心臓は鼓動を加速させる―――。
悪戯なのか、天からの恵みなのか、想像に近い光景が彼の目の前に待っている。
『想像しただろ………チャンスだ』
傘を持つ手を強く握りしめる勇希。
「待ってるけど、止みそうにないね……」
“言うんだ!言え――――”
「か………かさ………」
“もういいんだ。雨に濡れたって”
「ん?どうしたの?黒岩君」
“勇希だ。勇気がなくてどうする――――”
「か…………」
“濡れたって、風邪引いたって――――”
全身に心臓の衝撃が響く中で、彼は一度喉を鳴らす。
“彼女が濡れるくらいなら――――”
「傘、……貸すよ」
「………っ!?」
勇気を振り絞って、でも冷静であることを装いながら、彼女の前に傘を握る腕を突き出す。
想像もしていなかった勇希の行動に、彼女は驚く。
「で………でも」
『授業中考えただろ?その通りに………』
心臓を落ち着かせようと、彼は深く息を吐く。
それから………、
「俺は、走って帰ればいいからさ。濡れたって平気だ」
「ほんと?」
『言えた、満足だ。神様、ありがとう』
勇希は彼女に向けて、笑顔を見せた。
恐る恐るではあるが、雫は差し出された傘を握り、「あ……りがとう」と小さい声で返す。
勇希にはもう、恥ずかしさも怖さもなかった。
「じゃあ!俺は行くよ。また明日っ!!」
“どうにでもなれっ!!”
彼は目の前に広がる雨粒のカーテンに向けて、
力強く踏み出すのであった――――。
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