水、滴る恋

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「待って!!」  走り去ろうという勇希の姿を目の前にして、雫は咄嗟に彼の左手首を握る。 「――――っ!?」  ドクッ!!という心臓が飛び跳ねてしまう衝撃が、勇希の全身に伝わる。 『え!?ど………どどどどういう!?え!?』  彼は驚きのあまり、心を制御することができなかった。  雨が大地にぶつかる音、カーテンに触れた右腕に当たる雨粒の感触、服が肌に張り付くような不快さ、全てを忘れてしまう。――――時間が止まってしまったかのようだ。  勇希は雫の方に顔を向けることができなかった。  想像していた以上の展開に突入してしまって、どうすればいいかわからなくなってたからだ。     “言わなきゃ―――!!!”   けれど雨を忘れてしまっているのは、彼だけではないらしい。     “掴んじゃったから、彼の手を……”  雫もまた、走り去りたいほどのドキドキとした気持ちを、必死に抑えていた。 「濡れちゃうよっ!!」  勇気を出して発した言葉は、自身の思った言葉とは違っていた。 「で……でも」 『言わないと、彼はこの手を解いて――――』  彼女は、必死に自分の心へ訴えかける。 「俺は……だ………大丈夫だから」  彼もまたどうしていいか分からず、自分の用意していた結末に戻そうと、言葉を返す。  “行ってしまう!!!” 「い……」    言おうとしても、言葉が、喉が、自分のではなくなってしまったかのように言うことを聞いてくれない。 『大丈夫。私なら言えるはず。「一緒に」って』 『やばい……、ど……どうしよう……このままだと緊張してることが雫さんの手に伝わってしまう!!』  手首を雫が握っている状況。当然のことながら激しい胸の鼓動は、その衝撃を全身に広げている。手首ならば尚更、相手にが伝わってしまうだろう。 「……て、手が濡ちゃうよ。浅燈川さん」 「……………」  雫は傘を握った左手を使って、設けられたボタンを押す。バッ!!と思いっきり、彼女の足下で傘が開く。  バラバラバラバラという音を響かせながら、勇希と自身との間を覆うように傘を差す。 「こ……これなら、濡れないでしょ?」 『し……雫さん!!?』 『何やってるんだ私、一言言えばいいだけなのに……何倍も恥ずかしい事を』  二人の顔は、真っ赤に染められていることだろう。お互いに顔を見せないよう少し視線を下げて、「どうしよう」と己の心と葛藤する。 「じゃ……じゃあ。傘は俺が持つよ」 「………ありがとう」       “私の馬鹿っ!!!”  二人はお互いに、相手の鼓動を感じているのか、自分の鼓動が早くて強いだけなのかわからなくなっていた。
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