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予報の雨
それから次の日のこと――。
土砂降りの雨が去り、草木に残った雨粒が輝く朝である。しかし、天気予報ではお昼過ぎから雨が降る予報だった。多くの生徒がそれを見て、傘を持って登校をした。
「昨日のは、夢じゃないよな……」
あの出来事が、嘘のように思えてしまう勇希。彼はというと、いつものように天気予報など見ていない。朝が晴れているなら、傘など持たないという人間なのである。
「雨なんて降りそうにないのに、気付いたら曇ってるなんて不思議だよな〜〜」
「あぁ、そうだな」
「勇希は傘持ってきたか?」
「ん、持ってきてないけど」
友達との会話の中で、“天気”の話題が出てきた。「今日また午後雨らしいぜ」という言葉を聞いて、初めて今日の天気を知る勇希。
「様子見て帰るしかないな。最悪走って帰ればいいや」
傘を持っていない勇希としては、濡れても帰ってからすぐにシャワーを浴びれば、特に問題はないという考えだった。
そうして午後になる。
天気予報の降水確率90%というは見事に的中し、厚い雲から降り注ぐ雨粒が、雑音として耳に入る。
「天気予報で言ってたなら、雫さんは傘を持ってきているだろうな。もう帰っているだろう」
誰もいなくなった教室。離れた場所に置かれている雫の座っている席を見つめて、彼はそんなことを呟く。
「お、まだ残ってたのか」
そうしていると、教室の入口から声が聞こえてきた。担任の先生が巡回に来たのだ。
「まっ……たく。お前らときたら。男なら覚悟を決めて、帰るんだな」
「そうですね」
バァァァァァァァァーーーー。
勇希は窓の外を見る。弱まる気配なく、雨粒は無情に降り注ぐ。
「帰ります」
「おう、気をつけてな」
先生に見送られながら、彼は教室を後にする。
「覚悟か、まぁ元々濡れてでも帰るつもりだったから覚悟なんてできている」
勇希は下駄箱の扉を開けて、バンッと落とすように下履きを地面に置くと、上履きを入れて扉を閉める。
「えっ………?」
下履きを履きながら生徒玄関の外を見る。覚悟というものは、昨日見たのと同じ後ろ姿があったことで、簡単に裏切られてしまう。
「なん……で……」
今度は、片手に傘を持っている。
傘を差せば帰ることができるのにも関わらず、雫は雨粒のカーテンをずっと見つめていた。
「どうしたんだ?」
彼は雫に話し掛けた。後ろから話し掛けられたからか、少しだけ驚いたように両肩を上下させる雫。
二人の視線がピッタリと合う。
「あ………あの……」
“今度こそ……言うんだ私――――”
彼女は、傘を握る両手に力を込める。
「傘……持っていないんじゃないかなって」
「―――っ!?」
想像の中でしか起こり得ないと思っていたシチュエーションに、彼の身体は固まってしまう。昨日に続いて今日までも、『神の悪戯なのか』と思うほどに。
「確かに、も……持ってない」
「なら、傘………」
昨日とは違って、今度は雫が両手に力強く握った傘を勇希に向かって突き出す。
“一言、一言言えば……それで”
「貸す……よ」
“恥ずかしくなんてない!!”
「一緒に帰ろう?黒岩君」
無数に降り注ぐ雨粒が、二人の距離を縮めていく。
傘を受け取った勇希は、バッ!!と傘を開いて雫の頭上を覆うように傘を差す。やがて傘の下、二人並んで歩き始める。
水溜りを踏んでは驚いて跳ね、時に会話が弾んで笑い合うことがありながら。
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