第三章:指環は嵌めたまま

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*****  “優衣さんの所には向こうのご両親もいらっしゃるし、長居すると病気の人にはご迷惑だから早く帰りなさい”  お母さんからのLINEに「既読」が付いてから舌打ちして後悔する。  これだと 「病室では携帯電話はオフにしているから気付かなかったよ」 という言い訳が出来ない。  全てが面倒になってスマホの電源を切る。これで雑音はシャットアウトだ。  もともと甘かったわけではないが、兄貴にああいう形で先立たれてからお母さんは余計に口うるさくなった気がする。  あれから俺は律儀に塾に通って中学受験し、第一志望の学校に合格した。  偏差値的にはむしろ兄貴より上くらいなはずだけれど、お母さんはそれでも満足しない。  “今の学校は皆出来るんだから、ちょっと怠けているとすぐ置いてかれるよ”  これはまだ理解できる。  “白河さんは一番だけど、あんたは化学が駄目でしょ。今のままだと医学部は難しいよ”  俺は医学部に行きたいとは一度も言ってないし、医者になりたいとも思ってない。  “瞬は大人しいのんびりした子だったのに、何であんたはちょっと言われるとすぐ不機嫌な顔になるの?”  その大人しい良い息子が裏で何をしてたか知ってるのか?  よほどそう暴露したくなる。  だが、七年経っても兄貴の部屋を毎日掃除して生前のままに保ち、命日のクリスマスにも必ず四、五人向けの大きなサイズのケーキを買ってきて大きく切り分けた一つは仏前に備える母親に向かって、それは絶対に話してはならないことである。  結局、自分は仏頂面で押し黙っているしかないのだ。
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