第三章:指環は嵌めたまま

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「ここ、いい?」  出し抜けに前から声がした。 「ああ……」  虚を衝かれて間の抜けた声を出す頃には相手は自分のトレイを置いて向かいの席に座っている。 「白河さんか」  今は高等部のクラスメイトであり、この大病院の経営者の一人娘でもある。 「うちのお祖母ちゃんも今、こっちに入院してるの」  髪型は学校でいつも見掛けるポニーテールだが、今は制服ではなくオリーブ色のハイネックセーターに金のチェーンのペンダントを着けた相手はどこか苦い笑顔で語った。 「そう」  象牙色の肌をした小さな顔、吊り気味で黒目の小さな切れ長い目、薄く小さな唇、やや尖った顎。  こいつは「綺麗な狐」だ。  話す度に緩やかに波打つポニーテールが頭の後ろで揺れる、その様が狐の尻尾のように見えた。  ミントグリーンだのオリーブだの私服で見掛ける時は大体、ほっそりした長身に緑系の色を着ているのでカマキリじみて見えることもある。 「坂口くんはどうして?」  相手はむしろおっとりした調子で尋ねる。  この子の話すのを耳にすると、苦手な自分にも基本は育ちの良いお嬢様だと分かる。 「(ねえ)さんが入院してる」  早めに切り上げるつもりで手前の茶碗を取り上げて白米を掻っ込む。 「坂口くんってお姉さんもいたの?」  相手は切れ長い瞳を驚いた風に見開いた。  大人びた格好はしているが、表情に色が着くと、子供の狐じみて見える。 「正確には、死んだ兄貴の婚約者だった人だよ」 「そうなんだ」  白河さんはまだ箸も着けていない自分のトレイを前に俯いて続けた。 「ごめんなさい」 「別にいいよ」  とにかく早く食べ終えて席を立ちたい気分でセルフサービスで汲んだグラスの水を飲む。
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