第三章:指環は嵌めたまま

8/11
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/45ページ
「いつかちゃんと謝りたかったけど、坂口くんが本当は物凄く怒っていて絶対に許さないと言われる気がして、怖くて」  今、温かなご飯や味噌汁の漂う病院の食堂で、目の前に座った「綺麗な子狐」が泣いている。本来この子に罪など無いのに。 「いいんだよ、白河さん」  互いに名前すら名乗らなかったあの狐顔の女にはそれきり顔を合わせていないが、芳名帳に兄貴と同じ職場の人たちが続けて記した中には“北村麻緒”という唯一女性らしき名があった。  それも優衣さんが“東山優衣”と自署した筆跡に良く似ていた。 「旅行の写真が送られてきたのは兄貴が事故に遭う前だし、兄貴は病院に運ばれた時にはもう意識も何もなかったから、どこの病院のどの先生でも助からなかったと思う」  “北村麻緒”さんにもう一度逢いたいとは思わないし、彼女も俺には二度と逢いたくないだろうが、もし、今、顔を合わせたら、決して彼女を侮辱したり嘲笑したりはしない。 「ありがとう」  ポニーテールを揺らしながら、鼻を赤くした白河さんは涙を拭って安堵した風に微笑んだ。  同時に、彼女のペンダントに着いた飾りの金の輪が灯りを受けてキラリと光る。  おや、この飾りは大きさや形からして本来は指環ではないだろうか。  頭の片隅でそんなことを思う。 「坂口くんは優しいよね」  相手に対しては肯定も否定もしかねるが、自分の中での正解は「違う」。  相手もこちらの答えなど期待していない風にグラスの水に口を着けている。  白河さんも一通り話したいことが済んだようだし、早く食べ終えて優衣さんの所に戻ろう。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!