第三章:指環は嵌めたまま

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「坂口くんの亡くなったお兄さんってもしかして中受(ちゅうじゅ)の時の塾の近くで働いてた?」  相手から出た質問は全くの予想外であった。 「ああ」  拍子抜けしつつ、どこかで相手からの誘い掛けを期待していた自分が急に恥ずかしくなってきて極力何でもない風に答える。 「あの塾の最寄り駅の近くに勤めてたよ」  だからこそ、兄貴の見たくない面を見て、知りたくない顔を知ることになったのだ。  そう思うと、一瞬だけカッと熱くなった顔が急速に冷えていく。 「やっぱりそうなんだ」  相手はやはり思い詰めた、どこか潤んだ眼差しのままほんのり頬を染めて続けた。 「私ね、小二から小四までいつも通学の電車で会う会社員のお兄さんが好きだったの」  そういえば、白河さんが通っていた小学校もあの駅の近くの私立で、塾にも学校から直接来ていたのだった。 「お名前も知らなかったけど、目が合うといつも笑ってくれた。一度、電車に傘を置き忘れた時もそのお兄さんが追い掛けて届けてくれた」  相手は頬を染めたまま嬉しげに微笑む。 「坂口くんが小四で塾に入ってきた時も“あの電車のお兄さんに似てる”って思ったの」  どうやら自分は自分として好かれた訳ではなかったようだ。  俺も白河さんを兄貴の浮気相手に何となく似ているから苦手だったのだからお互い様かもしれない。  でも、優衣さんは俺が兄貴に似ていてもこんな風に好きになってくれることはないのに、この子からは兄貴に似ているから好かれていたのは皮肉としか言いようがない。
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