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21 死なないから!
「ベルの人生はベルのもの、フェイの人生がフェイのものであったようにね。トーヤは、フェイが不幸だったと思うの?」
聞かれてトーヤが言葉に詰まる。
「私は、フェイは幸せだったと思うよ? だって、本人がそう言ってたし」
確かにフェイはそう言っていた。あの苦しい息の下で、精一杯その気持ちをトーヤとミーヤに伝え、そして幸せそうに微笑みながら旅に出たのだ。
魂になったフェイは、人を信じられぬと心を閉ざそうとしていたシャンタルに会いに来てくれて、自分がどれほど幸せであったか、どれほどトーヤとミーヤが好きで、信頼しているかと語り、シャンタルを説得してくれた。
「もしも、もしも、だよ?」
シャンタルがその部分を強調するように一度言葉を切る。
「もしも、もしも、この先、そう遠くない日にべルがその人生を終えることがあったとしても、それは神の生命の種が入ったせいじゃない、そういう運命だったんだ。それだけは分かっていた方がいい。そうでないと、きっとトーヤは道を誤るから」
トーヤが何も言えずに黙ったままシャンタルをじっと見ている。
そうだと頭では分かっているのだ。
フェイは、たとえ十年という短い月日であったとしても、その中で自分とミーヤと、そしてその他の人たちと出会えて幸せだったと思う。思いたい。だが、それと同時に、やはり十年の月日はあまりにも短すぎると思う。
もしも、もしも、そう考えるのすら苦痛だが、もしもベルも、その生を短く終えるのだとしたら、それがフェイと同じ理由、その身に、人の身に神の魂というものを受け入れたからだとするのなら、それは許せないことだとトーヤは思ったのだ。
そうなる理由であったこの世界の重大な理由とやら、そんなものよりベルの命の方がずっと大事だ、そうトーヤは思ったのだ。
『おれ、死ぬの?』
こちらへ来るアルロス号の上、船酔いで真っ青になったベルが、受け取った水を飲んでいたあの姿、あれがフェイの姿と重なり、思わず死ぬなと言ってしまったあの時、不安そうにそう言ったベルの姿が浮かんだ。そのことすら思い出し、この先を暗示しているのではないか、そう思ってしまう。
「おれ、死なないからな!」
そんなトーヤの考えを吹き飛ばすようにベルがそう言った。
「トーヤ、そんな心配しなくていい。おれは、なんか役目があったとしても、それ全部やっちまって、その後、ヨボヨボのばあさんになってから死ぬからな! いや、なんならずっと死ななくてもいいぞ。だって俺は童子なんだから、そのぐらいのこと、この先あっても全然不思議じゃない! な、そうだろ?」
「うん、そうだね、ベルならありえるね」
ベルの言葉にシャンタルが笑いながらそう言う。
「まあ、この先のことなんて何も分からないんだよ。それが天から見えているとしたら、それは上から見てる神様たちに任せたら? 私たち、この世界で生きている者たちにできるのは、前を向いて歩いていくことだけ。上の方たちには勝手に上からやきもきさせてればいいんだよ。ね?」
「そうそう、そういうこと!」
シャンタルの言葉にベルも同意して、いつものように「うん、うん」と大きく頷いてそう言う。
「さあ、これでいつものトーヤに戻ってくれるよね?」
そうか、そういうことか。シャンタルは、あまりにトーヤが感情に振り回され、我を失っているので、それを取り戻させようとそう言ってくれたのだ。
「ほんとに困ったおじさんだね。時々そういう風になるんだから。私がトーヤと2人で旅をするようになって、どれだけ苦労したことか……」
「な!」
トーヤはそれは自分の方だ、と言いたかったが、あまりにも思わぬことを言われたせいで、それ以上のことが言えなくなってしまった。
「とにかく、そういうことだから、ちょっと落ち着いて、それで続きを聞こうよ。トーヤは今日、確か、私のことを聞くんだって言ってたよね? 全然話がそれてしまってるよ?」
確かにそうだった。今日はシャンタルとその姉妹たちについてどうしても聞こうと思っていた。それが、思わぬ童子の話から、もしかしてベルもフェイのように突然いなくなるのではないか、そう思うと頭に血が上ったようになり、どうにも抑えられなくなったのだ。
「それでいい?」
「分かった……」
トーヤは大人しくシャンタルの言葉に従った。
「なんか、すごいの見ちゃったな……」
ダルがボソっと言う言葉が空間に響き、ダルが慌てて口を押さえた。
トーヤがなんとも言えない顔で親友をじっと見る。
「えっと、とにかく話、進めてください」
いつものようにアラン隊長がそう言い、場が元に戻った。
「ミーヤ様?」
アーダが隣に立っているミーヤの様子がおかしいのに気がつく。
「大丈夫ですか? ご気分でもお悪いのでは?」
「いえ、大丈夫です」
「いや、顔色がよくない、座った方がいいですよ」
「そうだな」
アランとディレンにもそう言われ、ミーヤは大人しく椅子に座った。
「申し訳ありません」
ミーヤもフェイを思い出していた。
そしてこのように荒ぶるトーヤを見た時のことも。
ミーヤは色々な思いに押しつぶされそうな自分を感じていた。
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