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6 ダル家の仕組み
「しずかだなあ……」
べルがボソッとそうつぶやき、床に敷いた敷物の上でうーんと手足を伸ばした。
「小さい子が来るって聞いたけど、本当に静かだね」
「そうだな」
「もう帰ったのかな」
「まだ来てないんじゃねえの?」
ここはカース、封鎖で切り離され文字通り陸の孤島になったこここそが、本当の意味で静かな場所なと言えるのかも知れない。
そしてトーヤとベルとシャンタルは、今はダルの兄2人の部屋でひっそりと息を潜めて身を隠している。
昨日、しばらくここに来ていなかったダルとダナンの子どもたちが訪ねてくると言ってきて、その間3人はこの部屋に隠れていることにしたのだ。
「あの子たちがうろうろするとあんたらが見つかっちまうかも知れないだろ? だからじいちゃんが熱を出したことにしたから」
来た翌日、ナスタにそう説明されていた。
その時に聞いた話だが、カースでは村の者同士が結婚した場合、夫婦は妻の家かその近くで住むことが多いのだそうだ。
「何しろ漁師の村だ、男たちが海に出てる間は女たちがみんなして子どもの世話をしてるしね、その方が色々便利なんだよ」
「それでダルの子も兄貴の子もこの家にいないんだな」
「そういうこと。出入りはしてるけど、普段はダルはアミの家の近くの自分んち、ダナンは嫁さんの家に住んでる」
「兄貴はこの家の跡取りなんじゃねえの? ゆくゆくは村長になるもんだとばっかり思ってたんだが」
「じいちゃんが村長だからって、必ずうちの誰かが後を継ぐってもんでもないんだよ」
「え、そうなのか」
それもトーヤの思っていたこととは違っていた。
「何しろ海相手に力を合わせて漁をしなくちゃいけない、だから一番中心でみんなをまとめることができるもんが村長になる」
「へえ、実力主義か。それは意外だったな」
「まあ、そういう感じかね。それで年取って現役を引退した今でも、村のことはじいちゃんだろうって今もまだ村長やってるんだよ」
「なるほど」
「海の上で漁の音頭取るのはうちのがやってるらしいけどね」
今は現役漁師の取りまとめ役はサディがやっているらしいので、次の村長候補は一応その息子ということにはなるようだが、
「でも、じいちゃんが引退する頃になったらどうなるか分からないよ」
と、ナスタは言う。
「じゃあ、おふくろさんも結婚した時は他の家に住んでたのか?」
「いや、あたしは元々この村のもんじゃないし、ここに出入りするようになった頃にはもう親がいなかったからね、嫁入りした時からここの子にしてもらったよ」
「そうか」
八年前、自分の実家のように出入りしていたダルの家だが、そんな話は全くしたことがなかったもので、知らないことばかりだった。
「それにね、女たちもみんな海の女だ、そりゃもう気が強いのばっかり。下手に嫁だ姑だってなると、分かるだろ?」
それを聞いてトーヤもベルも、そしてシャンタルも思わず笑う。
「考えたくもねえな、女の争いはそりゃもうおっかねえもんだ。間にはさまれた旦那はたまっちゃもんじゃねえな」
「だろ?」
ナスタもそう言って笑う。
トーヤが見たところカースの女たちはみんな仲がいい。海を相手に戦う男たちの家族だ、みんな運命共同体、一緒に力を合わせて日々の生活を守っている。
「それでもやっぱり、そういうことがあるんだなあ」
「まあねえ、家族だってどこでもケンカはあるだろ? いくら仲がよくっても、それまでとは関係が変わると色々あるさ」
「想像もできねえけど、おふくろさんとばあさんも揉めたりしてたのか?」
「うちは、何しろばあちゃんの出来がいいからねえ、揉めようったって揉める糸口もつかめないさ、あたしなんかじゃ太刀打ちできない」
ナスタがそう言って笑う。
「村の外から来たあたしに色々教えてくれて、そりゃ本当の親以上によくしてくれた。だからまあ、あたしみたいなもんでも、こうしてこの家の主婦でございって、大きな顔してられるってもんだ。あたしはばあちゃんに感謝してもしきれないと思ってる」
そういうナスタもトーヤから見ればかなりの人物に見える。
「俺から見たら、これほどのおっかさんはそうそういるまいって2人だもんな。その代わりじいさんも親父さんもダルたちも、2人の顔色伺って生きてるけどな」
トーヤの言葉にみんなで笑った。
「あんたもだよ、あんたももっと、はいはいさようでございますかって小さくなってることだね。本当にある意味うちの一番のバカ息子だからね」
ナスタがそう言ってトーヤの肩をとん、と一つ叩いた。
「いてえなあ」
心地よい痛みだった。
「ってことでね、明日はダリオたちの部屋で静かにしといておくれね。アミたちがじいちゃんがそんなに悪いのかって、そろそろ我慢しきれなくなってきてる」
「そうか、申し訳ないな。けど、大丈夫だってなったらその後はどうしたもんかなあ」
もしも小さな子どもたちが出入りするようになったら、トーヤたちが見つかる可能性が出てくる。いつ誰が来るか分からない、それはちょっとまずいように思えた。
「まあ大丈夫さ、その時はあたしがぎっくり腰にでもなっておくよ」
ディナが笑ってそう言うので、2人のおっかさんに任せておけば、そのへんは大丈夫かなとトーヤは思った。
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