VOICE

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── ──体育祭当日は一面に空色のペンキをぶちまけたかのような快晴。雲の気配すらもなく太陽の日差しは無慈悲に競技に挑む生徒たちの頬や腕、首筋を容赦なく嬲る。男女入り混じる歓声が飛び交う中、元気の良い女子生徒のアナウンスが響き渡った。 『さ〜て。各組の点差も接戦となってきましたが、勝負はまだまだこれからです!続いては借り人競争!メモに書かれた項目に該当する人物を連れて、ミッションをクリアしゴールを目指しましょう!参加する生徒は所定の位置についてください』 指示のままに並ぶ生徒たち。 そして。 号砲が、晴天を切り裂いて高くとおく鳴り響いた。 「っはぁ……、‥…あ!……えーと、私のお題は……」 ──駆け出した八宵が辿り着いた先、丁寧に四つ折りにされたメモを開くと、そこには走り書きのような崩した字体で『ありがとうを伝えたい人』と記されていた。かなり主観的なお題だけど大丈夫なのだろうか、審判も何をもってジャッジをするのか全く見当がつかない。 「っしゃ!決まり!」 「あの人どこに居るんだろ、」 メモを見つめたまま動きを止めた八宵を尻目に、競技に参加していた他の生徒たちは自分の目当ての人物を探しに走り出している。他のメモはそんなに該当する人物が早く見つかるお題なんだろうか、だとしたら審判にお題の取り換えを要求した方が良いのでは。第一ありがとうを伝えたい人なんて、両手で数えても到底足りやしないのに──……! 『篠塚さんのお題は〜……おっと、メモを見たまま固まっているぞ!ライバル達は次々に目的の人を探し出している!頑張れ篠塚さん!んん、公平に応援をしろと先生からツッコミが入りました!すみません!』 「一体誰にすれば……」 勝負中に囚われるべきではない思考に意識が引っ張られていた──、その時。 「八宵ちゃん!!」 晴天を突き抜けるような声が響き渡る。八宵が勢い良く声の方を振り返ると、海里に手を引かれている黒縁眼鏡の少年の姿が視界に飛び込んできた。 「海里く──……って、瑠衣くん?なんで、」 状況を整理出来ず戸惑う八宵に、海里は八重歯を覗かせ快活な笑みを浮かべた。 「瑠衣の探してる奴に八宵ちゃんが当てはまるんだよ!いいから早く!」 「ええ〜……この場合は私の勝負はどうなるんだ……」 「さっさとしろ、篠塚」 「まぁ良いけどさ……あ、瑠衣くん。ミッションは?」 「"ゴールまで手を繋いで走ること"」 どくっ、──指令を告げられた瞬間、感情の読めぬ瑠衣の横顔に八宵の心臓が高鳴った気がするのは熱気に浮かされてのことか、はたまた別の理由ゆえか。自分でも理解が及ばぬまま瑠衣に手を引かれて八宵は走り出した。繋がれた手が、脈打つ心臓が、耳元が、頬が、とにかく熱い。 ──……! 『……え〜、結果は凪島さんが一位でゴール!同じく競技中に連れて来られた篠塚さんは凪島さんのお題の人のようなので、結果は不戦敗ということになります!あと乱入してきた一ノ瀬さんに関しては──えーと、今伝達が来ました。後で委員長の方からお話があるそうなので、取り敢えず自分のクラスの所に戻ってください!』 「え、マジで。これ俺怒られるパターン?」 大袈裟に落ち込む海里に瑠衣が視線を向ける。 「早く行け」 「八宵ちゃんを探して来た俺のファインプレーは華麗にスルーですか!?」 「委員長の呼び出しの内容は俺にも分からないけど、本当に怒られる羽目になっても知らんぞ」 「それもそっか、あ〜チクショウ。女の子たちにカッコイイ所を見せられたと思ったんだけどなー……」 「言ってろ。──一ノ瀬」 「ん?」 瑠衣は刹那、躊躇ったような素振りを見せた後に海里に向けて言い放った。 「──ありがとう」 「──……!」 海里は瑠衣を見、八宵を見、再び表情の変わらない瑠衣の顔を見つめて──無言で握り拳を天高く掲げたのちに、クラスメイトの所へと帰って行った。 そして後続の二位、三位とゴールをする生徒たちを見守りながら八宵は瑠衣へ問い掛ける。 「そういえば瑠衣くんのメモは何だったの?」 「俺のメモは──」 『そして先ほど一位でゴールした我らが放送委員のメンバー、凪島さんのメモの内容は〜……あーっと!これは二人の秘密にしておいた方が良さそうですね、苦情は放送席までどうぞ!』 「……」 「……」 ちょうど──ちょうどのタイミングで放送委員が瑠衣の言葉を掻き消す。再度八宵が尋ねようとすると、放送に遮られたことに興を削がれたか瑠衣は肩を竦めて八宵から目を逸らした。
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