VOICE

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── 数日後の教室にて、向かい合う二つの影があった。 ひとつの影が片割れに向けて問う。 「──そういえば、お前は何で俺に勉強を教わりに来てるんだ。他に頭の良い奴は大勢居るだろ」 「え〜……それ普通聞きます?誰にも言いたくない理由だったらどうすんのさ、ほら、思春期特有の──」 「くだらない理由なら帰るぞ」 「すぐ帰ろうとする!帰るのは禁止!」 瑠衣は思わず深々と溜息を吐き出す──西陽の差し込む放課後の教室、広げられたノート、その紙面の随所に散らばる落書き、溜息。既視感を覚える光景に意図せず苦々しい表情を浮かべた。違うところといえばノートは勉強をする為のものではなく、また、会話の内容もただの雑談ということだけだ。 「……で、何でなんだ」 再度の質問に、八宵は事も無げに答えた。 「瑠衣くんは声が優しいから」 「──…‥は?」 八宵は自らの内に眠る考えをまとめ上げるように、ああでもないこうでもないと唸り声を上げながら人差し指を無為に立ててみせた。 「……ほら、いくら不機嫌でも言葉で包んで誤魔化しちゃおうって人はよく居るじゃん。例えば何でもいいよ、とか、大丈夫だよって。 それもひとつの優しさだとは思うんだけど、言葉で優しいことを言ってても刺々しい声がその優しさを台無しにしてしまって──勿体無いなといつも思ってたんだよ」 ──なるほど。つたない言葉でも、納得は出来る。 「……それで、」 突き放したような瑠衣の口調が、微かに震えた。 八宵は瑠衣に視線を合わせると、一言ひとことを聞き取りやすいように柔らかい声で伝える──普段の瑠衣が、話している相手に必ずそうするように。 「その点瑠衣くんは真逆。冷たい態度も取るし口も物凄く悪いけど、その声だけはずっと変わらない。優しくて穏やかで、誰もが耳を傾けたくなる声をしてる。だから何を言っていても『この人の言葉に嘘は無いんだな』って分かるんだ」 「──……」 「『思ってもないことは言わない』人は、言葉の受け取り手によってはキツく感じるかもしれないけど── ──もしその人が自分を褒めてくれたなら、それって最高に幸せなことなんじゃないかな?って思って。だから瑠衣くんに勉強を教わりに来てたんだ」 『言い方を考えろ』 『思いやりがない』 ……過去から聞こえた自分を責め立てる声が、形を失い溶けて、崩れる。代わりに優しく温かい声が、瑠衣の心の奥底へと染み渡った。 「……篠塚」 「ん?」 「──知ってはいたけどお人好しだな、お前」 「待って、今サラッとディスられましたか?」 「褒めてる」 ──瑠衣のペンケースの中から、小さく折り畳まれた紙が覗いている。それは体育祭の折に手に入れてそのまま持ち帰った、瑠衣にとっての『大切なもの』だった。その内容を知る者は瑠衣以外数えるほどしか居ない。そしてその中身を詳らかにすることもない。 『笑顔が素敵なひと』
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