白蛇様の花嫁は強気な黒髪少女

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 花嫁修業を始めて二年が経過した。  毎日のように体に傷がつき、必死で耐え抜いた。  二年が経過したある日、村長が優子の元へやってきた。  見える位置に傷はない。元気そうな優子を視界に入れると村長はにこにこと優子の頭に手を乗せる。 「優子や、そろそろ嫁入りの準備をせねばならん」 「嫁入りの準備?」 「花嫁修業の調子はどうだ?もうできるようになったか?」 「…はい」  頷いたものの、花嫁修業をする前と後で優子の技術的な面で成長したものは何一つない。  何をやっても駄目出しされるのだから、どうやったら上達するのか、何が正解なのか、分からないまま月日だけが経過した。 「お前は白蛇様のために態度を改め、邪心を振り払ったのだ。そんなお前に、残りの一年は書庫で勉強させよう」 「書庫、ですか?」 「あぁ。白蛇様に関連する書物のみが置いてある書庫だ」  そういえば、そんなものがあった。  書庫には鍵がかかっており、その鍵は村長のみが保有しているため行きたいと思ったことすらなかった。 「毎朝儂も家に来なさい。鍵を渡すから、一日中書庫で白蛇様の御心を理解する努力をすることじゃ」 「御心…」 「白蛇様を怒らせぬよう、精進しなさい」 「はい」  再び笑みを浮かべて村長は優子の元から立ち去った。  立ち去る際に、優子の頭に乗せていた手を背中で拭っていたのを、見逃さなかった。  いくら優子が態度を改めようと、黒髪はいつの時代も忌とされ嫌われる。  優子が聖母のような女でも、魔女のような女でも、黒髪として生を受けた以上弾かれる存在なのだ。  花嫁修業に付き合っていた女たちへは村長から伝えたようで、優子は翌日から書庫に入り浸るようになった。  神社へ行く隙があるのかと思いきや、書庫の前に村人が立ち、優子が逃げ出さないよう門番の役割をしていた。  村長の家の隣にある書庫は窓が一つと扉が一つ付いており、窓の前と扉の前にそれぞれ村人が立っている。  時間がくるまで外に出ることができない。牢屋に入れられた囚人の気分だ。 「はぁ」  息が詰まり、ため息が出る。  体のいたるところが痛み、容赦なく叩かれた場所を優しく撫でる。  跡が残らないといいが。  書庫の中は薄暗く、灯りが届かない場所が所々ある。  本棚がいくつも並べられ、一冊本を手に取ってみるが、分厚くて古い。  古代文字で書かれているようだと理解は到底できないが、そこまで古くはないようだ。古めかしい言葉で読みにくいが、意味は理解できる。 「江鶴?」  これまた分厚い本を選び、題名を読む。  自分と同じ黒髪について書かれている文献だった。  誰が書いたのか気になったが、著者名は記載されていない。  黒髪についての本まで置いてあるのか。こんなものを同じ黒髪に読ませていいのか。  優子が逃げないという確信があるのか、優子の改心がそれほどまでに嬉しかったのか、理由は定かではない。  ページを捲ろうとすると、腕に違和感があった。 「えっ!?」  何だろうと腕を見ると、白蛇が巻き付いていた。  嬉々とした表情で見上げるそれは、いつも本殿にいるはずの白蛇だ。見間違えるはずはない。 「あ、あんたどうして」  本殿から出るなと、昔言いつけたはずだった。  その言いつけを忘れたのか、破ったのか。表情を見るに、後者だ。 「もしかして、私に会いたかったの?」  そう聞くと、肢体を優子に擦り付け、朱い瞳を細めた。  肯定している。  その反応を見て、心臓のあたりがじんわりと温かさを増していくのを感じた。  白威にも白蛇にも、会いたかった。  そんな素直な言葉が出るはずもなく、「ふうん」と素っ気なく返事をした。  二年ぶりに見る白蛇に変わったところはない。鼻歌でも歌いそうな、嬉々とした顔で優子を見つめていた。  なんだか気恥ずかしくなり、咳払いをする。 「まあ、居てもいいけど。私、これを読むから邪魔しないでよね」  そう言って本の表紙を見せる。  字が読めるのか、白蛇は興味を示した。己も見ようと、優子の腕から移動する。 「あんたも見たいの?」  頷く白蛇と優子は共に本を読むこととなった。  本を捲る音だけが響く空間で、優子と白蛇は本に夢中だった。  優子が読んでいるのは八十年前に誕生した黒髪が書いた日記だった。だからこんなに本の状態が良くないのかと納得した。  優子と同じ黒髪として誕生した少女は、江鶴という。  江鶴は村人からぞんざいに扱われ、毎日怪我が絶えなかった。両親はそんな江鶴を気にかけるどころか、黒髪の娘を気味悪く思い、江鶴が十歳になると両親とは別々に暮らした。汚い小屋を与えられた江鶴は、毎日一食のみ与えられた。死なない程度の食事だ。  涙を流し、空腹に耐え、頼る大人も友達もいない。  死にたいと思うが、自殺は許されなかった。何故なら、日替わりで村人が小屋で暮らす江鶴を監視しに来るからだ。一人になれる瞬間は、一度だってない。  ただ、村を守る生贄として生かされているだけだった。  己のことしか考えない村人の中に、たった一人だけ江鶴を気にかけてくれる女がいた。名前は教えてくれなかった。  彼女は江鶴を哀れに思い、話し相手になってくれた。  哀れに思うが、江鶴の味方をして村に反抗する気はなかった。それほど江鶴に思い入れはない。しかし、村人のためその身を犠牲にする少女。汚い身なりでたった一人膝を抱える姿を見て、哀れに思っただけの事だった。
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