白蛇様の花嫁は強気な黒髪少女

19/30
68人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
 書庫に通い、白蛇と戯れる。  そんな日が続いた。  一人で書庫に座り込むのと違い、蛇一匹でもいると気持ちが違う。  朝早くから夜遅くまで書庫から出してくれない。そのため、神社に行く時間もなく、未だ白威には会えていなかった。 「白威、どうしてるかな」  ふと零れた本音を白蛇は拾うとぴくりと反応し、優子の目元で頬ずりをする。 「何よ、図々しいわね」  軽口を叩いていると、大きな欠伸が出た。  寝不足ではないが、小さな窓一つからしか太陽の光は入らない。  室内に灯りはあるけれど、薄暗い書庫の中は眠気を誘う。  優子は抗うことなく、睡魔に誘われるまま重い瞼を閉じた。  気づけばそこは懐かしい白の世界。  久しぶりだ。二年ぶりか。  どこを見ているのか分からなくなるくらい、どこも同じ白が続く。  ほんの僅かな恐怖を感じるが、それよりも勝る懐かしさ。  そして振り向けば、二年越しに会う白威。 「…久しぶり」 「そうね」  相変わらずの神々しさに、思わず瞬きをしてしまう。  白威が放つ異彩に、優子は胸が高鳴った。  二年が経った。その間、白威はどうしていただろう。何を思い、何をしていたのか。  気になるが、自分から口に出せない。 「…会いたかった」  ぽつりと、聞き取ることができるぎりぎりの声量で白威は言う。  私も会いたかった。その一言が出ない。 「あっそ」  代わりに素っ気ない返事をしてしまう。  そうではない。言いたいのは、これじゃない。 「…優子は、会いたかった?」  会いたかった。  そう言えばいいだけなのだが、白威を前にすると言えない。  優子の性格もあるが、それよりも、胸の高鳴りが煩く邪魔をする。 「あ、あい…」  会いたかった。 「相変わらずね」  ふんっ、と腕を組み言い放ったのは言いたかった言葉ではない。  何が相変わらずね、だ。そうじゃないのに、そう言いたいのではないのに。 「…優子、綺麗になった」  ふっ、と笑う白威が美しすぎて心臓が飛び出る勢いだ。  白威の瞳よりも赤い顔で、優子は口を動かす。 「き、綺麗になったって何!?今までは綺麗じゃなかったってこと!?」  素直に「ありがとう」が口から出てくれない。  素直になれないが、突っかかることはできる。  綺麗と褒められて嬉しい気持ちよりも、気恥ずかしい方が大きい。 「今までも綺麗だったけど、今はもっと、綺麗」  優子に指摘され言い直す。  顔と首が熱い。きっと真っ赤になっている。白威だって気づいているはずだ。  それがまた優子を羞恥に染める。  優子は自分の容姿を分かっている。綺麗さと可愛さを兼ね備えていると理解している。村で一番の美人だと自負している。  村長が優子を見る目は、色欲が混ざっている。村の男から浴びる視線も同様だ。それも相まって女からの攻撃は絶えなかった。  自分が美しいのは当然だ。鏡を見て、自分でもそう思う。  村人が気味悪がるこの黒髪だって、優子に似合っているのだ。髪の色が茶色でも優子に似合っていただろうが、黒であると一層優子の白肌を映えさせ、魔性さを際立たせている。  自分に敵う女はいない。  そう言い切れる。 「…優子」 「な、何よ」 「…優子」 「だから何よ」 「優子」 「だから、何よ!」  名前を呼ばれるが、それ以上は何も言わない。  延々と名前を呼ばれるので返事をする。何をしたいのかさっぱり分からないが、返事をすると白威が少しだけ嬉しそうに顔を綻ばせる。無視をしてその表情を変えたくない。 「優子、善い子?」 「はぁ?当たり前でしょ。あんた、私の行いを知らないの?」 「…知ってる」 「嘘つかないでよ、知ってるわけないでしょう。私はね、今とても善い子なの。村人の虐めにも耐えて、厭らしい視線にも耐えて、耐えて耐えて耐えているのよ」 「…善い子」 「そうでしょう。そうなの、私って善い子なの」  ドヤ顔で自分を褒める優子に白威は拍手を送った。  仁王立ちして自分がどれだけ日頃から善行を積んでいるのか語り、白威は黙ってすべてを耳に入れた。 「…優子、すごい」 「そうでしょう、そうでしょう」 「…優子、偉い」 「当たり前よ」 「優子、綺麗」 「そ、そ、そう…」 「優子、可愛い」 「う、え、う、うん…」 「優子、触りたい」 「へ、え、い、いや、え?」 「駄目?」 「だ、だめじゃ…いや、え?」  あたふたする優子から返事を待つ。  白威は優子が話終えるまで口を挟まない。  優子が「嫌だ」と言えば触らないし「いいよ」と言えば触る。  優子の返事を待たずして触ることはあり得ない。それは優子も分かっている。分かっているからこそ、返事ができない。  「いいよ」なんて言えば、触ってほしいと言っているようなものだ。「嫌だ」と言えば触れてこないが、それはそれで、なんだか寂しい。  すばやく思考し、優子は顔の角度を変える。 「す、好きにすれば?」  触れたいのならそうすればいい。 「…する」  白威の手が優子の顔に伸び、頬を撫でる。  心臓が今まで以上に動きだし、暴れ始めた。  うああああ、と内心焦る。  白威の手が下へ降り、首を触ると優子の身体は震え始めた。  白威の手にもその震えが伝わると、優子の肌から白威の温もりが消えた。  手を離した白威は、嫌がることはしない、ときりっとした表情で優子を見つめる。  嫌だから震えたのではない。緊張のあまり震えたのだ。だから、別にそのまま触れていてもよかったのに。そんなことを思い、また赤面する。  それでは痴女ではないか。  色欲を混ぜた視線を寄こす村の男どもと同じになってしまう。  自分は違う。そう、白威の美しさに緊張しただけ。触りたいとか触ってほしいとか、そんなこと微塵くらいは思っていたが、でもそれは、友情からくるものであって情欲ではない。そんな低俗なものではない。  必死に言い訳を並べてみるが、村の男どもが浮かび上がり、赤くなった顔は青に変わる。  村人と程度が同じ。  その事実に打ちのめされ、視界から白威が消え去った。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!