白蛇様の花嫁は強気な黒髪少女

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 笑えばよかったな。  今でも思う。  夢の中に入らなくなってから、随分と時が経った。  村長や村人は優子が嫁ぐ準備をし始めている。  十八歳の誕生日は、来週に控えていた。  結婚が間近に迫っているというのに、優子は未だに書庫通いを強いられていた。  気が向いた時に例の二冊の日記を手に取るくらいで、あとは白蛇と一日中戯れていた。  白威と最後に会ったときのことを何度も思い出しては、最後くらい笑顔がよかったな、もう少し素直になればよかったな、最後だから告白すればよかったかな、と後悔をした。  好きな人には綺麗な姿を覚えておいてほしい。  なのに、軽口を叩いたり上から目線の態度をとったり、あまり綺麗な姿を残すことができなかったように思う。  せめて最後くらいは、記憶に残るほどの綺麗な笑みを浮かべたかった。  後悔先に立たずというが、その通りだ。 「はぁ、もうちょっと白威を目に焼き付けておくんだった」  こうなることは最初から予想できたはずだ。  もっともっと、たくさん白威を目に焼き付けておけばよかった。  そっぽを向いたり、無視したり、恥ずかしがって視線を合わせなかったり。勿体ないことをした。 「今頃何をしてるのかな」  と、考えて頬を叩く。  思い出しても白威が現れることはないのだから、無駄なことはするな。  考えたって仕方がない。 「何よ、その目は」  白威を思う優子を嬉しそうに眺める白蛇の尾を掴み、引き寄せる。 「言っておくけどね、別に白威が恋しいとかじゃないんだから。これは、そう、友情というか、長年の絆というか」  頬を紅潮させて言い訳を並べ始めた優子を笑う。  白蛇のその態度に、むっとした優子は床に投げて叩きつけた。 「何よ、笑って馬鹿にしてんの!?ふんっ、いいわよいいわよ!そうよ、恋しいのよ!自分から会わないって言っておいて恋しいの!会いたいの!悪い!?」  逆上する優子をまた笑う。  白蛇の分際で何様よ、と唇を噛む。 「あんたの主人さえいなかったら、私は白威と...!」  そこまで言って言葉を切る。  そんな話をしても無意味だ。  白威への想いを持っていたところで、言ったところで、どうにもならないのだから。  無意味なことはやめようと、大きく息を吐いて寝転がる。  過ぎたことだ。  自分で決めたのだから無理やりにでも納得するしかない。  そういう運命だったのだ。  黒髪として生まれた時から、運命はたった一つ決まっていたのだ。  白威を忘れようと、例の日記を読んでいると書庫の扉が開いた。  時間になると、見張りが扉を開ける。帰ってもいい、という合図だ。  もうそんな時間かと起き上がり、欠伸を一つこぼした。 「優子や」  今まで一度も来ることがなかった村長が、書庫にやってきた。  柔和な笑みを貼り付けて優子の前で立ち止まる。  床に座っている優子に目線を合わせるため膝を折る。  村長の加齢臭が鼻を突き、悟られないようじりじり後退する。 「その本を読んでいたのか。ははは、読めんじゃろう」 「え?」  日記二冊を持った村長は交互に眺めた。 「古代文字のようじゃが、古代文字でもないようじゃからの。不思議な字体じゃ」  不思議な字体で読めないと村長は語るが、その二冊は何度も読んだ。黒髪の日記だ。  自分が読めるのだから、村長も読めるだろう。何を言っているんだ、と怪訝な思いで村長を見上げるが、中身をぱらぱらと捲るだけで読む気はないようだ。 「この字が解読できたらいいんじゃがな」  まさか本当に読めないのか。  村長から二冊を受取り、中身を捲るがまったく読めないことはない。  古臭い文体だなと感じるくらいだ。  妙だ。  読める優子と、読めない村長。  優子は何かしら特別な教育を受けた覚えはない。むしろ、学習する機会なんて与えられなかった。両親に字の読み書きを教わり、世間のことを学んだ。村の子どもたちは村にある学び舎に通い、様々なことを学んでいた。  優子が読めて、他の人間は読めないなんてこと、あり得ない。  書庫から出て行く村長の後ろ姿が消え、優子は顎に手を当てる。 「…つまり?」  優子に読めるだけなのか。  本を書庫から持ち出さないよう、帰りは見張りに持ち物検査をされる。  両親に見せようと思ったが本を持ち出せないため、字体を頭に入れる。  優子の周りをうろうろしていた白蛇に「じゃあね」と軽く手を振り、書庫を出た。
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