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「はぁ、結婚の準備が至るところで行われてる」
鬱陶しそうに書庫で寝転がる優子。
結婚が明日に控えている。
村では黒髪と白蛇の結婚を祝うため、各家で藁蛇を作り飾っていた。
村を歩く度に目に付く藁蛇は優子から元気を吸い取った。
「どこを見ても蛇蛇蛇。鬱陶しいわ」
この書庫にも藁蛇が飾られていた。
いい加減にしてほしい。
常に視界は蛇一色。
分かったから、明日結婚でしょう。分かっているから。
そんなに主張しなくてもいいだろうに。
今まで黒髪をぞんざいに扱ってきたのに、結婚となると祝福するため藁蛇を飾り、優子の衣装を準備している。
どんな茶番だと怒鳴りそうになったが我慢した。
「そうだ。こっそり刀を忍ばせないと」
小さくてもいいから、衣装に忍ばせておく。とんでもない性悪な白蛇だったらそれで刺すためだ。
物騒な事を口にした優子の腕に、白蛇は急いで巻き付いた。
物凄い速さで頭を左右に振り、優子の腕を締め付ける。
「ちょっと、何よ。別にいいじゃない、忍ばせるくらい」
シャッ、と口を開けて優子に「駄目」と伝える白蛇の頭を弾く。
「威嚇するなんていい度胸じゃないの」
蛇に睨まれた蛙の如く、動けなくなった白蛇。
それでも必死に頭を振り続ける白蛇を放り投げ、「変なことされない限り、刺したりしないわよ」とフォローを入れる。
懐に忍ばせることは決定事項だ。
「ついに明日、あんたのご主人様と対面するのね」
日記からは、人と化した蛇だと読み取れた。
優子の結婚相手もそうであってほしい。
今回だけは大蛇や、人に化けることすらできない蛇でなければいいが。
人に化けることができても醜いならば遠慮したい。臭いのも論外だ。
せめて村の男よりはまともな容姿と中身を兼ね備えていてほしい。
それが一番の願いだ。
「もし、私があんたの主人に殺されたら呪ってやるから」
体を起こして、ふん、と腕を組む優子。
白蛇は床を這いながら呆れたようにその様子を眺める。
明日嫁ぐというのに緊張も恐怖もない。
両親に会えなくなるのは寂しく、そこだけが気がかりだ。
話が通じる白蛇なら、両親に会いたいと頼み込んでみよう。
日記の二人はそんな頼みをしていなかったので、優しい白蛇であったとしても許可してくれるかは分からない。
あの二人は親に会いたいと思ったことがないのか、と眉間にしわを寄せるが江鶴は親と良好な関係ではなかった。江鶴のような環境であったならば、二人も親に会いたいなどとは思わないだろう。
「江鶴は、結婚後良い生活を送れたのかしら」
親に見放され、村人には虐待され、幸せとは言い難い生活を送っていた江鶴。
白蛇に嫁いだ後は、幸せになれたのだろうか。
もしもその白蛇にまで虐待されたのなら、江鶴の人生は地獄だ。
嫁いだ後くらい、幸福な日々であれば良いな。
同じ黒髪として、江鶴の日記に記すことができなかったその先を思う。
今日が最後だからと、書庫の中を漁る。
本以外は特にない。
何も隠されていないし、秘密の通路もない。
ずっと通ったこの書庫はやはり面白くない。
その辺にあった本を本棚から抜き取り、表紙を視界に入れると、ふらりと体が傾いて意識が遠のいた。
誰もいない。
白の世界でもない。
暗い中を優子は一人、立ち尽くしていた。
ぼーっと前を向いていると、黒い髪をした女がどこからか現れた。
たんぽぽのような鮮やかな黄色をした着物に身を包み、誰かを探している。
黒髪は自分以外に見たことがない。あの黒髪は、自分だろうか。ぼんやりしていると、黒髪の女が振り向いた。
その顔は優子ではない。
優子ほど派手な顔ではない。目や鼻は小さく、唇はあるのかと疑うくらいに薄い。幸が薄そうな顔だった。
振り返った女は、不安気だった表情を一変させ、幸せそうな表情で大きく手を振った。
自分に振っているのか。けれど、知らない女だ。
嬉しそうな女をぼけっと眺めていると、優子の横を誰かが素通りした。
すれ違う瞬間、その横顔がちらりと見えた。
長い白髪を揺らし、男らしい骨格で見目麗しい。
横から見てこれだけ綺麗なのだから、正面から見たら一層綺麗なのだろう。
すれ違った男は優子の方など見向きもせず、女の元で立ち止まった。
女は微笑み、男も満更ではない様子だ。
自然と二人は手を取り合い、女の歩幅に合わせて二人は消えた。
消える瞬間、二人は優子の方を向いた。
女は優子に小さく手を振り、唇を動かす。何を言ったのか分からなかった。
優子は消えた二人を探すことなく、暗い世界で佇んでいた。
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