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ランチセットを頼んで料理を待っている間も僕を見てくる。
少し怖くなってきた。
注文していた料理が運ばれてきた。
早く食べて帰ろう、そう思って僕は黙々と食べ進めた。
デザートを食べ終えた時だった。
「君ってとてもかわいいよね」
気のせいではなかった。
久しぶりに感じるじっとりとした嫌な視線。
鳥肌が立ってきた。
テーブルの上に置いていた僕の手に自身の手を重ねて、擦りながらなおも続ける。
「最初に見た時からね、かわいいなって思っていたんだ」
片方の手を腰に回される。
気持ち悪すぎる。
「ねえ、このあと少し付き合ってくれない?」
「離して下さい」
テーブルの手を引こうとしたがギュッと絡められて、反対の手で腰にある手をどけようとするが、その手にすら触れてくる。
なんなんだ、この人。
気持ち悪い。
怖い。
なるべく距離を取ろうとするが、狭いこの場所では限界がある。
「少し移動しようか
ゆっくり話をしよう」
「僕は帰ります
――!!」
腰にあった手がお尻に伸びた。
「やめてください
店員さん呼びます」
声が震えてしまう。
「呼んで何を話すの?
僕はなにもしてないよ」
「だって触ってる」
「僕がずっとこのままでいると思う?
人を呼んだ時点で手を離すよ」
楽しそうにそう言った。
確かに手を離されてしまったら何もなかったことになる。
「君のせいで、こんなことになってきたんだけど」
握った僕の手を彼が股間に押しあてた。
息遣いが気持ち悪くて気分が悪くなってくる。
「やめて下さい」
「やめてやめてっていうのもすごく唆られるんだよね
これどうにかしてよ
口でしてくれる?
それともここ?」
そう言って、お尻を撫でられた。
ゾッとする。
この人、頭がおかしい。
どうして気が付かなかったんだ。
自分が嫌になってくる。
「気持ちよくしてあげるから」
誰か、助けて。
視線を走らせるが誰にも気付いてもらえない。
とりあえず、ここを出て全速力で走ればこの人から逃げられるだろうか。
でも足に自信はない。
逃げられなかったらどうなる?
打開策がみつからなくて絶望しかけたその時、その人は突然現れた。
「あれー、あおくんじゃん
偶然だね
ここ、いい?」
ニッコリ笑って僕の前に座ったのは、先輩の友達だった。
前に座った彼の姿を見て、男はそっと手を離した。
「おっさん、この子に何してた?」
笑顔のまま問いかける。
「突然何かな?
ご飯を食べていただけだけれど」
「ご飯を食べていただけ?
嘘は良くないな
俺たちずっと近くで見てたんだから」
「近く?」
「気付かないもんだね
撫で回すのに夢中だったからか」
そう言ってスマホの画面を見せた。
「どの辺がいい?
こことか?
意外とよく撮れてるでしょ」
「なっ……」
「これでも何もしてないって言える?」
男の顔色が変わり始めた。
「あぁ、そうだ
このあと予定があるんだった」
男が急にそんな事を言い始めた。
「さっさと失せろ、変態野郎
おい、支払い忘れんなよ
これもよろしく」
そう言って立ち上がった男にもう1枚伝票を渡した。
男はそれも手にして、レジの方へ向かっていった。
「大丈夫?
災難だったね」
「助けて下さってありがとうございました」
僕は頭を下げた。
まだ気持ちが悪くて、触れられていた手を何度も拭いた。
「助けるの遅くなってごめんね」
「いえ、助かりました
それにしてもすごい偶然ですね」
「あー、偶然じゃないんだよね
ちょっとこっち来て」
立ち上がって違う席へ誘導された。
「先輩……」
とても近くにいたのに、全然気が付かなかった。
「はぁ、来るんじゃねーよ」
「いいじゃん、ストーカーくん」
「ストーカー?」
「ずっとあおくんの後をつけてたの
だからここにいたってわけ」
「えぇ!?」
後をつけてたってどういう事?
「とりあえず座ろっか」
「はい」
「ごめんね
俺も呼び出されてさ」
突然のストーカー発言に頭が混乱する。
「まぁ、俺がいてよかった
アッキーぶん殴りそうだったから
店の中じゃなかったら殴っても良かったけど
連れ出して殴ってやればよかったね」
笑いながら言うから怖い。
さすが先輩の友達。
「アッキーといいさ、あおくんって変なやつに目をつけられて大変だね」
先輩は変なやつじゃないけど……。
「ほら、ちゃんと説明して謝ったら?
ずっと後をつけててすみませんって
あと、毎日家に行ってましたってのも」
「おい」
「めちゃくちゃ怖くない?
白状させた時ゾッとしたもん」
「あの、訳が分からないです」
「そりゃそうだ
とりあえず二人で話したら?
俺はもう帰るから」
「帰るんですか?」
「邪魔でしょ?」
先輩の方をチラリと見るが何も言わない。
「じゃあ、あとはおふたりでごゆっくり」
「さっきは助けてくれて本当にありがとうございました」
僕はもう一度お礼を言った。
「あおくんってほんとかわいい顔してるよね
気をつけてね
おっと、そんな睨むなよ
こわーい」
「あおのこと見んな」
「はいはい
じゃあね」
友達がいなくなって、2人きりになってしまった。
「あのストーカーって言ってましたけど」
「ここじゃ話しにくいから俺の家来てくれる?」
「……分かりました
手を洗ってきてもいいですか?」
「あぁ、うん」
トイレに入って手を洗う。
気持ち悪い、気持ち悪い。
泡立てては流すを何度も繰り返しているとコンコンというノック音が聞こえた。
そういえばトイレは1つしかなかった。
僕は洗うことをやめて外に出た。
「大丈夫か?」
心配そうな顔をした先輩が立っていた。
「なかなか戻って来ないから帰ったのかと思った」
「ごめんなさい
あのまま帰るわけないじゃないですか」
「そっか」
そのまま僕達は店を出て、先輩の家に向かった。
その間一言も言葉を交わすことはなかった。
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